株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2010年 01月 03日 (日)

 年は 既に明け また これから一年

 昨年も 色々色々あったように
 今年も 色々な事が おきてくると思う

 小学校の卒業文集に 書いた

 将来は 大工さんになって
 2級建築士になって(←その当時は1級建築士があるとは知らなかった)
 家を 建てたい

 その 夢が 現実として 日々の生活に有る

 やはり 夢と現実は かなりの違いがあって

 わしが 言う 「大工さん」 とは 「職人」であって
 その「職人」には なれなかった
 今後も きっと 「職人」に なる事は無い と 思う

 中学を卒業してすぐ 職人の世界に入り ベンガラを塗り 土乗せ瓦の土を背負い
 「わしゃあ馬鹿じゃから大工になるしかなかった」と にこやかに言う 井上さんに
 なれる訳も無く

 高校卒業し 「軽天」の世界に入り セミナーパークの職長までこなした
 吉松さんの器用さ も なく

 高校中退し 自衛隊に入り 子供を6人抱え 様々な事を 見・知り
 「刃物」フェチ で 独特の考え方を持つ 古賀君に 成れようも 無く

 わしが 恋い焦がれるのは 「職人」であり
 基礎であろうと 水道であろうと 電気であろうと 大工であろうと
 左官であろうと 足場屋であろうと サッシ屋であろうと 板金屋であろうと
 なんであろうと 「職」に堪能した「輩」であり
 「職」に 生きる事しか 出来ない「輩」であり

 その中でも 子供の頃から見てきた「大工」に 成りたかった
 けれども なれなかった
 今からでも 出来るのかも知れないけれど
 わしには そんな「器用さ」が 無い のは もう 何年も生きてきたので分かっている

 夢も希望も理想も あった
 今でも ある

 夢も希望も理想も ある

 ただ 言い訳かも知れないけれど
 子供の頃には 分からなかった
 「削ぎ落として行く事」の 大切さ は 分かっている

 人生短か過ぎるので 「何でも出来る」と 思っていた事が
 「何でも出来る訳でもない」事は 経験してきた

 『将来は 大工さんになって
 2級建築士になって(←その当時は1級建築士があるとは知らなかった)
 家を 建てたい』

 削ぎ落として行く

 「大工さんに なりたい」
 を 落とし

 「建築士に なりたい」
 を 落とし

 「家を 建てたい」
 一本で 行く

 「自分に嘘をつかない 自分の知る・持てる 最大限の力で 家を造る」
 一人よがり かも 知れない
 我が儘 かも 知れない
 弱っちい自己愛かも 知れない

 言い訳は しない
 「自分で やっている」から
 「人のせい」には 絶対しない

 あれも良い これも良い かもしれないが

 自分は 自分の思う・描く・望む 「住む器」を
 「巡り合った人と 一緒に造る」
 それが 有るから 自分なのだ
 「造る」から 自分なのだ

 「造る」事が 自分の姿で 生き様で
 飲み屋で はしゃぐ自分も
 よさこい やってる自分も
 タップ やってる自分も
 「造る事」から 派生しているに 過ぎない し
 それで 充分だ
 と 思っている

 わしは 「それだけ しか 出来ない人間」で
 「それだけ」を 全う出来たら こんな幸せな事は ないのだよ

 心は 人に有り

 生き様は 人に有る

 「それだけ」を 全う するべく また 今年も生きていく

 変わって行っているのかも 知れないが
 「志」は ここに有る

 ・・・・・秋芳ロイヤルクリスマスパーティーでの 一コマ
 なんだか 今年も 我が儘一杯に させて貰った
 良かったのか 悪かったのか は 正直 分からない
 はじけ飛んだ一時
 二次会では なんだか みょ~に 協力業者の面々が いとおしくなり
 男共を ひっつかまえては 「ちゅ-」を した 記憶が 微かに有る
 10人位は ひっつかまえて 「ちゅー」を した きっと 多分 恐らく
 サッシ屋の浜野さんに 撮影を 御願いして
 後日 写真をチェックした
 一人一人 み~んな 「いい顔」を している
 ほれぼれする様な笑顔 が 嬉しい
 わしの 宝物 だと 思う

 自分は 間違っているのかも知れない
 色んな生き方が 有って良い とは 思うが
 自分の生き方が 正しいとは 到底思えない

 けれど みんな「いい顔」を している

 
 ・・・・・・残念な事に 又 今年も
 「内田さん一年間お世話になりました」と 言う奴は 一人も現れなかった
 さんざんっぱら言った挙げ句
 「あんた 注いで貰いたいって言ってたじゃない」と注ぎに来た 吉松さんの奥様と
 千鳥足で ふらふらになりながら 「まあ一杯」と来た 左官の中尾さんのオヤジと
 「うっちゃん ごめんねえ 明日は ちょっとゴルフは勘弁してえやあ」と
 ドタキャンかました 基礎屋の白井さん
 の 合計3名
 おいおい わしを もちいと持ち上げえやあ と 思う物の
 なんだか幸せな一コマ
 工務店グループ57名
 めいめい が 楽しんで めいめいが 帰って行った
 めいめい が 「内田に嘘を つかんかった」と 思ってるからこそ
 こんな事に成る のだと
 勝手に思い
 勝手に嬉しかった  

親方の独り言

2009年 12月 21日 (月)

 年末に向け ラストスパートの最中

 「大きな私事」が あり
 不義理を欠いてしまうこと 数多き 先週だった

 昨年の「秋芳ロイヤルクリスマスパーティー」から 早一年
 「内田工務店忘年会IN秋芳ロイヤルクリスマスパーティー」を 明日に迎える

 今年のパーティーでは 「リバーダンス」を披露する予定だったのだが
 予定は崩れ
 タップ教室での「リバーダンス到達は今年無理だ」 と
 気付いたのが 約4ヶ月前

 ありゃ~ 困ったぞ
 毎年うち(←内田工務店グループ)から出演者出そうと思ってたのに
 こりゃあ 今年は できんかも知れん
 チャールズ坪井は もう2年連続で やっとるから ちょっとマンネリじゃし
 ドラゴン玉川の「回天(←潜水艦の)日舞」は なんか暗いし 去年やったし
 愛妻のピアノコンサートも 諸事情により 今年は出来んし
 もとより やりたかった「リバーダンス披露」は じぇんじぇん無理じゃし
 どうしたら ええんじゃろおか
 思い悩んでいたが
 というか 秋芳ロイヤル側も 内田グループの 無理矢理出演を
 一応『お客様』なので 嫌な顔も出来ないから 出演させてるだけで
 元々『出て貰わなくても よろしい』 と 思われているんじゃ無かろうか
 と言う 思いも 確かにあり

 かといって わしらあのグループの者が 舞台に立つと
 かなり「イジリがい」が あり いじっているのも面白く
 秋芳ロイヤル側の迷惑も顧みず

 「今年は出演者なし」の あんまし はじけんパーティーに なって しまうんかのお~

 と 正直 覚悟していたのだが

 「はた」 と ひらめき

 お~ そう言えば 秋芳ロイヤルのパーティーを 知ったのは
 7~8年前に 甦町屋社中に出演依頼が あって
 出演演舞したのが 「きっかけ」じゃった
 もう 5年は経過しちょるから 「マンネリ感」も 無いに違いない
 その当時の出演メンバーは 現在一人も居ないから あの「楽しさ」は知らんし
 秋芳ロイヤル側も 嫌でも「喜んだ顔」を するしか無いに 違いない
 お~ この悪知恵は かなり名案じゃぞ
 なんだか 公私混同しちょるけど
 まあ 良いでわ ないか
 どうせ わし「我が儘」なんじゃし
 ソマッチーズのママさん連中が わしに賛同してくれれば
 秋芳ロイヤルにねじこんじゃろお

 思い付き

 練習時間に「悪知恵」を 甦町屋ママア-ズに披露すると
 「出ましょう」と 言ってくれ
 その 勢いを 借りて 秋芳ロイヤル支配人の泉さんに
 「甦町屋 出さんと 泣いちゃるけえ わしが 泣いたら やかましいんじゃけえ」
 と言うと 泣かれるのも 面倒くさい のか 泉さんから
 「是非出て下さい」と 言って頂き

 というか 言わせた
 というか 「じら」を くった
 というか 脅した というか 脅迫した
 みたいな 感じで
 パッパカパ~ン 「晴れて出演決定」 で あります

 はあ もう これはもう 面白いに 決まっちょる
 わしは「芸人」で なければならない ので
 後は 「すべらん」様に するのみ で あります

 というような 経過で 明日のパーティーを迎える

 今年は 工務店グループ57名+甦町屋12名

 今年こそは 誰か わしに
 「内田さん 一年間お世話になりました」
 と 酒を注ぎに来る奴が 顕れるに違いない

 昨年 妻に
 「しんちゃん 工務店の忘年会なのに しんちゃんに 注ぎに来る人誰もいないね」
 と 初めて 『気付き』 を 貰い

 そういえば わし 工務店を始めて10年近く経つけど
 工務店の忘年会で 一回も「お世話になりました」と 注いで貰った事ないよなあ
 と その言葉で 初めて気付き
 「これは いかん」 と 思い
 事ある毎に
 「ねえねえ あんた わしに酒注いでくれた事ある?」
 「そおなん そんなに わしの事 嫌いなん」
 「嫌いじゃけえ 注ぎにこんのじゃのお~」
 と 協力業者の面々に この一年 さんざんぱら 言い続けたので
 今年は はれて
 「えっへん」 「おっほん」 「まあ 良きに はからえ」
 に なるに 違いない

 ・・・まあ 明日に ならねば分からんが

 なんにしても みんな 楽しんでくれれば それで 良い

 ほんに ほんに 一年間 みんな ありがとう
 こんな わしに 付き合ってくれて ありがとう
 サポートしてくれて ありがとう
 「わしが 『しちゃる』」 じゃなくて
 「わしが 『して もらっちょる』」 んじゃもんなあ
 ほんに みんな みんな こんな わしに 「良く」してくれた

 明日は 「みんなから貰った物」 への 恩返し の つもり の パーティー

 「すべらん」様に 「みんな楽しんで」帰って貰いたい
 「あ~ 面白かったね・楽しかったね」 と みんなに思って貰いたい
 57名+12名の みんなに感謝
 ほんに ほんに ありがとう

 ついでに 酒を注ぎに来てくれると なお 良いが
 これは 強制連行に近いので 強要なので まあ 期待はせん
 ・・・(ちょびっとだけ期待してるが)

 なににせよ 明日
 午前中まで仕事し 3時頃から 秋芳へ向かう

 ファイヤー じゃあああああああああああああああああああああああああ

 ・・・・・・・・・・ 
 「大きな私事」は まことに 大きかった
 まだ 実感は それほど湧かないが
 「人」を こんなに「ずっとずっと考える・感じる時間」は なかなか無い
 この「大きな私事」に ついては 思惑うごめき 思いも定まらない
 定まる事も無いのかも知れんが
 「ずっとずっと『人』を感じた」
 54時間だった
 妻も一華も 良く頑張った
 過ぎてみれば 54時間は あっと言う間
 54時間だった
 ほんに54時間だったのだよ

 ・・・・・ 一美は すんごい奴だった  

親方の独り言

2009年 12月 13日 (日)

 「繋ぐ家」の上棟 「二人の家」の確認申請・契約
 まだ 題意未定の設計契約 積み残しのリフォーム見積・図面
 日々のリフォーム工事・新築工事・打合せ・見積・図面作成・現場ごそごそ

 どれもこれも 大事な仕事で 暫く息をつく間が なかった
 未だ積み残しのリフォーム見積・図面を3件抱え
 それにしても なんとか かんとか 先が見えて来て
 ずっと 息を止めて潜っていた状態から 海面に やっとこさっとこ抜け出せそうで
 また 今週一週間 息継ぎ無しに 潜ってみる気力が 湧いてきている

 自分に与えられた時間の少なさに 自分自身に手心を加えたくなる状態が続くと
 「わしは 何故『わし』なのか」
 「どういう訳で 今 自分が ここに立っているのか」
 その度 その度 自分自身に問いかける事が多くなる

 自分は 尊敬する自分の父親(←今は尊敬ではなく『神』に近くなっているが)に
 なりたいのでもなく
 川本先生のように 懐の深い人間に なりたいのでもなく
 カッコ良くなりたい スマートになりたい かしこくなりたい のでも なく
 自分は 「自分の求める『親方内田』」に なりたい のだ
 人が 自分を見て やっぱり「しんちゃんじゃ」と思う・感じる
 その「真一」で ありたいものだと 自分で思っている

 わしが 何故「わし」なのか

 それは 自分が 修二・加津子という親から生まれ
 秋穂に育ち 色んな人から 色んな物を与えて貰い
 仕事や日々の生活の中で 「気付き」を貰い
 あんな事や こんな事が あり
 どっから どう見ても
 「内田と言う奴は こういう奴なんじゃ」
 そう見える自分を意識し自覚し
 「わしは こういう奴なんじゃ」と 思うのであるよ

 愛犬「エス」を見ていて 思うのは
 エスは エスであるなあ
 おまえは 自然にエスで有る事を認め
 どっから どう見てもエスであり
 犬という 範疇に 入りながら
 エスという 一個の個性を持った生き物として存在している
 おまえは すんごい奴で ある事だなあ

 人は なまじっか「意識」する生き物で
 あれや これや 理由を付け こじつけ へりくつを陳べ
 自分以外の存在に「意識」させよう と する生き物らしく
 なんとも かんとも 面倒な生き物で

 エスにはなれず

 だからこその「人」では あるのだけれど
 わしは わしで あれれば良いなあ
 わしは わしで あらねばならん

 時間に追われ 余裕が無くなってくると
 この 自問自答が日々続く事になる

 年末に向け
 秋芳ロイヤル・クリスマスパーティー
 年末 内田メモリアル・ゴルフ大会
 と まるまる二日 休んでしまう
 二日「何もしない」為に これから ずっと息を詰めて あがいてみたい

 あがき続けるのも 「わし」 で あり
 あがき続けても 「わし」 で あり続けるのが 「わし」であるのだ

 先日 「海の見える家」の施主のKさんと飲んでいて

 Kさんに
 「自分の頑張り所の源は 名古屋大学院時代の同士達の頑張り なんです」
 と言うと

 Kさん曰く
 「まあ 中には『素晴らしい者』も いるかも知れないけれど
 多くは もまれ・状況に流され 『それしか出来ないから やっている』人じゃないかな」
 と言われ

 言われてみると その通りで 学生時代の「思い」と
 どんどん「ずれ」が 生じながら各々生きている奴等では あるのだろうなあ
 とも 思い

 自分が自分であり続ける事の 難しさを Kさんから 教えて貰った気がする

 自分は 自分で あり続けたい と ここの所 日々強く思っている

 ・・・・・・・・ 来年早々に着工する「二人の家」

 プランや見積は もちろん自分が するのでは あるが
 内部の仕様や構造は もちろん自分がリードするのであるけれど
 打合せを重ね 人柄を お互いに理解し
 「一緒に『二人の家』を造って行く」意識が ある
 家に 「恋」をし
 その 「住む人」に 「恋」をし
 家造りは 「情」の固まりで あるなあ と思う

 

親方の独り言

2009年 11月 22日 (日)

 本日フィッカルフェスティバル終了
 タップを始めて4年目
 「ワルツ」「4拍子」「茶色の小瓶」「第二」「クイック」
 ほぼ一年に一曲ペースで テーマが変遷して行く

 今年 念願の「リバーダンス」を する予定が
 リバーダンスの基本ステップは 終了したが
 なんだか事情により 曲合わせに進まず また来年

 来年は きっと「リバーダンス」

 タップ始めた頃は 思っていた以上に難しく
 身体も動かず ステップの種類も増えず
 3年間が終了するまで 「面白い」と言う感覚は全く無く
 リバーダンスをマスターするまで 辞めるもんか
 と ムキになっていた きらいが あったが
 なんだか ジャックナイフを やってたりすると
 「ありゃ なんだか 面白いぞ」 と 思えるように なってきた

 少しずつ ステップの数が増えると
 アレンジが 二次曲線を描いて増えてきて
 まだまだ 基本のプレーンも そんなに出来ては いないのだけど
 それでも
 「ありゃ こんなステップで 動けるぞ」
 「身体は勝手に動くけど どんな動きになっちょるのか 頭で理解し難いぞ」
 「う~む 我ながら タップダンスらしくなって来たぞ」
 と 楽天家なので 「ぼちぼちではないか」と思うように 成って来た

 タップ始めた当初は
 人生生きる時間は限られているので
 「やりたい事リスト」が わしのノートには あり
 「タップは二年で卒業」と 思って始めたのだが
 やってみると 思いの外 奥は深く 日本海溝の如く深淵で
 「足抜け」しようにも ずんずん はまり込んで 行っているのが
 自覚症状としてある

 金子先生が 何時まで教室を開いてくれるのか 分からんが
 この教室有る限り 続けたいなあ~ と 今は思っている

 今日という日が終了して また一年
 きっと来年は「リバーダンス」
 「リバーダンス」 マスターしても 辞めそうにない

 ・・・・・・・「繋ぐ家」上棟完了
 模型を造った時よりも 「上等な家」に変貌しつつある
 上棟日が一日ずれたけれども 先週は雨にもやられず
 平和の内に「屋根じまい完了」 ホンに良かった
 多少の雨は仕方ないのだろうけど
 構造体は乾燥材使用なので やっぱり濡らしたくは なかった
 なんだか 今年の上棟は三件共 雨にやられずに済んで ラッキーな一年だった
 先日「繋ぐ家」のキッチン・洗面・UBを ショールームにて お施主さんと一緒に決定して
 ずんずん 「良い家」に 成って行く感覚が増大中
 ラフプランを終了した時点で 「空間認識は している」 と自分で ほざいて置きながら
 毎度の事だが 実物は やはり自分の予想を越えた建物に 成って行く
 巡り合った人と打合せを重ね 話しながら
 「この人だから こんな家」なんじゃなあ
 一人一人 違っていて そりゃあ 「わしの好み」は あるんだけれども
 自分一人だったら 「こんな家」には 絶対にならん
 「ああ こんな感じ方 考え方が あるんだ」と 打合せを重ねながら
 自分自身 お施主さんに 自分の引き出しを造って貰っている感覚が有る
 「いい花嫁」に この家を 育てて行きたい

親方の独り言

2009年 11月 13日 (金)

 「繋ぐ家」の上棟予定日 だったが
 天気予報を信じたばっかりに 明日に延期したが 予想外に雨が降らず
 本日は 溜まっている雑用及び明日・明後日のリフォームフェアの準備

 11/1秋穂祭り 11/8厚狭県大会
 と 珍しく二週続きで よさこい演舞を行い
 11/14・15は 直方建材協賛のリフォームフェア
 11/22は フィッカルでのタップ発表会
 なんだか今月はイベント続きである

 とはいえ 今年の「よさこい」も 全て やり終えた
 インストラクターの退社あり メンバー追加あり メンバー復帰あり
 今年の甦町屋も 色んな事が あった
 いつ この「よさこい」から足を洗うのだろうか と 思いながら
 なんとか かんとか やり続けて きっと来年も 余程の事が起きない限り
 やり続ける事は出来そうではある

 地元のちっちゃな祭り(=秋穂祭り・上領秋祭り)と
 大きな祭り(=県大会・舞龍祭・提灯祭り)は
 なんとも その場の雰囲気が 違ってて
 秋穂でも上領でも 「観ている人の顔」が よく見えて なんだか嬉しくなる感じ で
 大きな祭りは 「観てる人の顔」は よく分からなくて 発表会をしている感じ

 基本 ちいさな祭りの ほのぼの感 が 好きなのだけれど
 大きな祭りで 発表会を経験してこそ の 演舞であるのであろうなあ
 いくら 趣味で楽しみで体力作りで やってるにせよ
 人前に出て 「こんなので どうでしょうか」と お伺いたてるのに
 なあなあで しょうもない代物を 見せられる人は たまったものじゃ なかろう ので
 やっぱり 練習して 大きい祭り目標で 自分達自身が恥ずかしくないような状態に仕上げて
 その余力で ちっちゃな祭りに参加する っていうスタイルが 本当なのだろうと思う

 秋穂祭りで 前口上や演舞間の繋ぎトークを していると
 近所のおじちゃんや おばちゃんの 見知った顔も ちらほら見え
 けんちゃんから 後日「しんちゃん よ~恥ずかしげもなく しゃべれるのお~」
 と 呆れているのか 感心しているのか 全くもって分からん 御言葉を頂戴し
 回覧板を回しに来た おばちゃんや 改装の相談に来た おじちゃんから
 「しんちゃん 秋穂まつりは 御苦労さん じゃったのお~」と笑顔で言われ
 その笑顔は なんの意味なんじゃろお 呆れとるのか 応援してくれているのか
 聞きたいけど 聞くのが怖い様な気がして 聞けずじまい
 来年も やって欲しい様なので 良い意味に勝手に思う事にした

 厚狭県大会で 年に数度の「山口県よさこい連絡協議会」でしか 会わない面々の
 実際の「よさこい生現場」を 数々観て
 相変わらず みい~んな頑張ってて 白髪が増えても メタボになっても
 ずっと ずっと 「やり続ける」面々の顔を眺めているのも楽しく
 学生だった子供達が 少しずつ大人になり
 また違った「よさこいでの表現」を していく姿も なんだか 微笑ましく
 よさこいが始まった10年前とは 違う目で 「よさこい」を 観ている

 変わって行くから 楽しいんじゃろうなあ

 「よさこい」に関わらなかったら 会うはずもない人達に会い
 その姿を やっている者の立場から見る事が出来るのも
 なんだか やっててよかったなあ~ って事で
 またまた 日々日々 やって行く のであるよ

 ・・・・・・「繋ぐ家」土台敷きまでは 昨日終了
 今の所は 致命傷の失敗は無し 明日は上棟 違ってないはずだが
 やっぱり 少しドキドキする
 上棟って 「やる側」からしたら 緊張の一日なんだよなあ~
 天気も心配 怪我(←他の人の)も心配 間違いも心配
 こうやって 心配しながら 白髪や皺が増えて行く
 

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