株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2011年 05月 17日 (火)

  先月末 東京出張してきた
 
 わしの工務店と同じ様な陣容(社員体制)で
 年間17棟の新築を完工している工務店の社長がいて
 その人の話を聞きに びっちり二日間を 東京新宿で過ごした
 
 各地から その社長の話を聞きに集まってて 総勢約70名
 各会社の人達を見ると 元気一杯で みんな よ~頑張るもんじゃなあ
 
 講師の社長の様な体制が 自分の目標ではないので
 完全に参考になったか といえば そうでも ないのだが
 あ~こんな やり方も あるんじゃなあ~
 わし 足りんかったのは ここなんじゃなあ~
 気付きの多い二日間で
 また ここ山口で 自分は自分なりに頑張ってみようかと思っている
 
 東京行ったついでに
 甦町屋社中で わしの前の代表だった ○子(マルコ)と飲んだ
 彼女は 仕事の関係で 数年前に山口から東京へと住所を移し生活している
 真面目な頑張り屋さんで しっかり生きている女性である
 前回 4年前に東京に行った時も 夜は○子と飲んで
 ○子が山口に帰って来た昨年も 一緒に飲んで
 縁遠いながらも 時々 話をする間柄で
 甦町屋Tシャツのデザインも ○子の物であり
 ○子の妹の「イヨ」の御陰で タップダンスを始めた事もあり
 自分なりに 遠く関わっておりたいと思っている奴で
 もう東京も長いから 不満やらなんやらあろう と
 愚痴でも聞いちゃろうと思いながら ○子と居酒屋で飲んでいると
 「コンニチワ」と男性が来た
 ああ ○子の会社関係の人か と勝手に思っていると
 「内田さん 実は先月結婚した旦那です」と ○子が紹介するではないか
 ありゃ 何時の間に こんな事になっちょるのか
 ○子の不満を聞くつもりで 行ったのが
 いつの間にか 二人のなれそめ や 旦那の彦(ヒコ)の事 や 指輪の事 や
 震災時の二人の行動 や 終始「二人の・・・」 を 聞く役どころに なり
 
 彦は 代々下町育ちで 男の子なら 必ず「彦」が付くのが家風らしく
 出身は青山学院大学で わしは 青山の人は一人しか知らないが なんだか似ており
 穏便で衝突を起こし難く なんだか聞けば聞くほど その名の通りの「彦」で
 段々段々 あ~良かった良かった と 妙に 感動し
 良かったなあ~ 良かったなあ~と 何度 「彦」の手を握り締めた事であろうか
 
 遠く離れた地で 若い二人が人生を歩んでいる事で わしまで幸せな気分になった
 「はよ~ 頑張って ばしばし子供を産んでくれ」と 彦と○子に 御願いし
 わしの 知らない所で 人はそれぞれ 自分の道を歩いているんじゃなあ~ と
 ちょっぴり感動の 東京出張だった
 
 
 連休明けても なかなかバタバタが 納まらず
 「しなければ いけない事」満載で
 先週 やっとタップの練習に1ヶ月振りに行けた
 が まだまだ「しなければ いけない事」満載で
 もう少し もう少し と 日々を過ごしている
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「二人とポールの家」 玄関戸決定
 Sさんの頑張りで 立派な蔵戸が 玄関につく事に決定
 Sさんの 御陰で 古民具の世界を チョビッとかじる事が出来て
 一歩 一歩 え~家に 形造られて行く
 
 「光と風の家」内装仕上げ突入
 暖炉に乱石を初めて使用している
 なかなかに え~仕上がりに なっているんんじゃ なかろうか
 今回も また あ-じゃない こ-じゃない と 色々色々 やって見ている
 Mさんにしかない 家の誕生まで 残り一ヶ月を切った
 
 「囲む家」 前面みなし道路の 道路認定書類先決
 建てる前に 書類がいる事が なんと多い事か
 
 題意未定の 新築物件2件 現場調査 聞き取り調査に 突入
 防府;台所増築中 同じく 秋穂;台所改装中 防府;LDK・浴室・WC等大改装計画
 山口;食堂改装もうすぐ着工 その他 リフォーム諸々の計画・着工
 
 5/28は 秋穂ふれあい祭り エタ・維新・フリーダム
 5/29 もみ巻き
 6/11・12 「光と風の家」完成見学会
 
 東京は 動きが早すぎて わしには よ~ついていけん
 働くのが8時間でも 通勤で行き返り3時間の生活は
 忍耐が無いと 出来ん よ~みんな 元気に動けるもんじゃ と思う
 20代後半~30代前半の頃 2ヶ月に一度程度 東京に行ってた時は
 ウキウキ ウキウキ してたが なんだか みょ-に 疲れる
 出来る事なら あんまし行きたくない所でわ ある
 
 

親方の独り言

2011年 04月 24日 (日)

 自分にとって 「住まい」は 「自分そのもの」で
 一軒一軒 巡り合った人と一緒に その人にしかない「住まい」を 造って行きたい
 そう 思っていて
 
 それは 新築だろうとリフォームだろうと 同じ事で
 無い知恵絞って 持てる限りの力で 物造りしていて
 ただ どんなに努力しても なかなか完璧とは 行かなくて
 わしが「やらかして」しまう事もあり 棟梁衆が「やらかして」しまう事もあり
 協力してくれている職方衆も同様で
 でも でも 出来上がって完成する「住まい」は
 やっぱり「今の わしに出来る最高の物」で わしの子供みたいな感じで
 完成という 到達点に至る時 自分の中が 空っぽになる気が 毎回している
 
 「子供を嫁がせた親の心境」と「もう わし 全て吐きだしたけえ 何にも出来んけえ」
 との思いがあり
 
 「努力には終わりは無い」とか「満足した時点で後退が始まる」とか 言うけれど
 わしは その巡り合った人と一緒に「家造り」が出来た事で
 既に満足しており それなりに努力したと思っており
 「はあ もうこれで 思い残す事は無い え~人生じゃった」と
 その時点では それなりに納得しており
 「燃え尽き感」も充分あるので 「終わりでも ええじゃん」位の気でいる
 
 新しく巡り会った人と また新たな家造り を 始める時は
 何時も 「わしに何かまだ 残っているのだろうか」との不安が つきまとい
 もう わし限界じゃけえ な~んにも出てこんけえ
 弱気になり
 妻や子供以外とは あんまり会いたくも無い気も 時々したりして
 でも そうも言っておれなくて
 無理無理 仕事をこなしていると
 何時の間にか
 「もう限界じゃけえ」「もう何も出てこんけえ」と思い込んでいたのが嘘の様に
 「今度は こうしなさい」との神の啓示が 降りてきて
 めでたく 新しい子供の「核」みたいな物が 出来上がってくる
 
 毎回毎回 なんだか 同じ状況になるので
 これは 恐らく 「わしが 家造りの『核』を 持っている」のではなくて
 「巡り会った人が 家造りの『核』を その人その人持って」いて
 
 毎回毎回 わしは限界だと勝手に感じながら
 自分自身は 限界かも知れないが
 その人 その人 違った「核」を持っているから
 その「核」を見つける作業が成就すれば 限界に成らないのだ
 きっと そういう所なのだろう
 
 震災以来 断熱材・合板・住器の 流通の滞りが 激しく
 材料・現場段取りに 通常の倍以上の手間がかかり
 断熱材に至っては 全く「通常の商品が入手出来ない状態」で
 代替品を 致し方無く使っているが
 15年前の自分と違って
 「してはいけない事」「しなければいけない事」が 分かってしまっているので
 否応なく 「こうせにゃいけん」施工方法・納まり を しているが
 通常商品の4倍程度手間が かかり
 精神的にも肉体的にも 疲弊が激しくなり
 余計に 「わしゃ はあ 何にも出来んけえ」の後退意識が 頻々と勃発している
 
 震災を直接受けている人の苦労は こんな物なんか ミジンコ以下だと思うが
 この戦いは 長期化する
 あと2年は この状態が続くだろう と 覚悟しながら 生きていると
 またまた 疲弊感満載となる
 
 なんだか 震災以来 「え~話」は 極端に少なくなった
 「え~話」も なんだか したらいけん様な 閉塞感
 「日常」の ありがたみを感じる今日この頃
 
 
 ・・・・・・・・・・
 「光と風の家」震災の影響に負けず 完成に向かって着々進行
 「はあ こりゃ どうじゃろうか」ちゅう位 「え~家」に 成長中
 
 「二人とポールの家」仕切直し 再プラン&再実施設計
 「自分自身 わだかまっていた空間」が 自分自身が納得する空間に変貌する
 
 「囲む家」実施設計突入
 
 大型リフォーム工事 進行中=1 実施設計中=2 計画中=1
 ちょこちょこ工事 数件 随時
 
 今週は 久々の東京出張
 
 今年は ハワイへ 10日間 休暇に行く 必ず行く じぇったい行く
 妻と一華と母親と 一緒に行く
 
 ・・・・・・・・・・
 タップ 新曲に挑戦中
 甦町屋 5/3フジグラン公演 5/28秋穂ふれあい祭り公演
 提灯祭りは県大会=話合い中
 国体 700人の男なら じわっと始動中
 
 諸事情により 「奥様会」を1年以上してないので
 井上さん復帰を見て また やろうかなあ
 
 エピ 久々行ったが 相変わらず すんばらしい
 すぎ&さえちょり エピ 連れていかねば
 田中兄弟とも 行かねば
 
 一華 どんどこ素早い動きに成長中
 どんどこ かわゆく なって行ってるので 我ながら 親バカ
 
 連休中は 打ち合わせの連続
 内田工務店は 休まず営業
 
 清流庵は やっぱり何度行っても 素晴らしい
 
 ・・・・・・・・・・・・・
 「限界は どこの辺りなのか」考える事が 多くなっている
 人として 自分が 生涯に出来る事の おおめっそう は 分かっているけど
 これから 何が どうなって行くんじゃろうか
 わし 燃え尽きてしまわないんじゃろうか
 「自分自身の多く」は 望まないが
 「妻や一華や親族や巡り合った人達の多く」は やっぱり 望んでしまう
 わしの 出来る事 出来てる事
 実は 何にもなって ないんじゃ なかろうか
 そう思う事もある
 
 じゃけど コツコツ コツコツ やって行く
 
 それ以外の方法が あるんじゃろうか
 
 ほとほと よ~分からん
 
 

親方の独り言

2011年 03月 14日 (月)

 連日 東北大震災の報道
 もう15年以上前に 阪神淡路大震災にて
 建物の応急危険度判定に 震災の10日後 灘区に向かい
 約200棟の建物を検査して廻った記憶と重なり
 また 現地では
 「夢の様な 映画のシーンの様な どうしても現実と思えない現実の光景」が
 広がっているのだろう
 
 現地は一生懸命で 水も食料も もちろん困り
 汚水処理が 出来ないので 排泄物の山となり
 戦争状態とは こういう事を言うのだろう
 
 充分頑張っているので
 頑張れ とも言えない
 
 なんとも かんとも でわある
 せめて 誰か(←政府や役所や支援体制)を 非難する事だけは 辞められぬ物か
 戦争状態では みんな みんな 頑張って 無理無理 生きている
 頑張っている人間を 非難する前に 「自分が出来る何か」を した方が良い
 
 震災で 明らかに2階建てだった建物が 1階部分が圧壊し 平屋になり
 その平屋に なってしまった 建物の前に 線香と自転車
 誰かが死に 誰かが生き残り その死んだ誰かの思い出が残る その建物から
 離れられなくて 平屋になってしまった建物に住んでいる人達の光景が
 今でも心に残っている
 
 人は生きて行く者で まだまだ 何者かに対する戦いは 始まったばかりで
 みんな みんな もがいている
 なんとも かんとも である
 思いも これについては 定まらない
 
 ・・・・・・・「住ごす家」見学会は 今週決行
 なんだか こんな時に 完成見学会を開いて良い物かどうか も 迷ったが 決行する事とした
 何やってんだ と 思われるかも知れんが こんな卑近な日常も あるのだよ
 人は 悲しい生き物では ある
 今回も又 Uさんの夢の一杯詰まった住宅となった
 どこから どう見ても Uさんだから この家なのだと思う
 
 
 

親方の独り言

2011年 03月 08日 (火)

 一年で 一番嫌な嫌な一時の「確定申告」を ようやく終了した
 やっと これから通常の業務に復帰する事が出来る
 随分 多方面に 御迷惑をおかけした
 これから また バリバリ音を立てて突き進む
 
 わしは 工務店を自分の生き方として選んでいて
 内田工務店は わし そのもので
 日々 何をしているか というと
 巡り合った人達に 「住まいを造る」「リフォームする」事で
 その人 その人と 混じり合おう と しているので あり
 巡り合わせて貰った人に 幸せになって貰いたくて
 人が幸せになる その手段として 「建築」と言う手法を用いて
 人と混じり合っていて
 人と知り合いになる きっかけが たまたま「家」だった
 技術やコストダウンや人間関係も
 ただ ただ この一点「巡り合った人と わいわいガヤガヤ 過ごしたい」の為で
 わしは この一点に立っている
 
 「二人とポールの家(←仮称)」の土地で 地耐力が足りず
 地盤補強で 莫大なお金(約100万円)が発生すると Sさん自身の大迷惑であり
 あの手 この手で 地盤補強をせずに建築出来る手を探したのも
 Sさんに幸せになって貰いたいからで
 「わしが出来んから あんたに任すんじゃ」と 一人一人 頭を下げて
 職人集団を形成しているのも 巡り合った人達に
 自分の思う「幸せ」を 届けたいからで
 
 「わしは こんな家を造りたいんじゃ」「皆の衆 突撃~ 突撃~」と叫び続けるのも
 自分の 人と混じり合う手段で 一番有効なのが「建築」だから なんじゃなあ~
 
 基本が 武闘派 なので
 この頃 ぽっこり お腹が出て来たが
 武闘派である と 自分自身信じたいので
 四の五の言う前に 手を動かせ 汗流せ
 わしらあ は 「造って なんぼ」の人間で
 それ以上でも以下でも無く
 わしらあ職方同士は 自分自身の「職(瓦屋・板金屋・左官屋・塗装屋・足場屋・大工等々)」で
 お互いが 理解しあい 語り合い
 やあやあ やあやあ 言いながら 真剣に 楽しく 「職」と向き合うのが
 わしらあの 立ち位置で
 そうやって 日々を過ごしながら 年を重ねていくのだよ
 
 悩みあぐねていた 題意未定のプランニングも 無事 神様が舞い降りて来て
 「この間取りが ええんじゃ」と教えてくれた
 テーマは「薪ストーブ」なのだが ちょっと ひねって「囲む家」と勝手に命名
 Nさんは 納得出来ないかも知れないが
 薪ストーブを囲い 家に囲まれ 住ごす家族の姿が わしには見えているのだよ
 微笑む 一人一人の顔が 見えているのだよ
 ちょっと無い感じの 大空間を演出したい
 今回は 薪ストーブが 最初から入っているので
 少々の大空間に この家は耐えてくれる事と思う
 
 「二人とポールの家」は 実施設計に突入
 滞っていた大規模リフォーム工事の図面作成に着手
 「住ごす家」3/19~21完成見学会予定 いよいよ大詰め
 「光と風の家」断熱材不足が祟り 工事進捗が悪くなって来て やきもき中
 
 ようやく現場復帰となり 気持ちも晴れ晴れ
 
 ・・・・・・・・
 先日 慰安で 特別養護老人ホームに タップダンスを やって来た
 ダンス終了後 ライバル翔ちゃんと談話
 「ねえねえ翔ちゃん わしが入ったばっかしの頃 翔ちゃんに
   『凄いねえ翔ちゃん よ~ そんなに足が動くねえ~』って言ったら
  翔ちゃん 鼻ヒクヒクさせながら
   『タップ4年も踏めば これくらい出来る様になるさっ』って言ったよね
  わしゃあ このガキ握り潰しちゃろうか って思ったよ」
 翔ちゃん曰く
 「いや~ あの頃は オレも『悪(わる)』だったからね~」
 との由
 翔ちゃんは 小4から 中1にかけて 「悪」から「普通の人」に なってたらしい
 この子も どんな子に 育って行くんじゃろうか
 甦町屋で ママアーズの子供達を見るにつけ
 どんな子に なって行くんじゃろう と思うが
 なんだか 年のせいか ちっこい子供や中学生・高校生・大学生を見ると
 「頑張れよ ぐれるなよ 幸せになれよ」と思ってしまう
 みんな元気でありますように と 思ってしまう
 なんだか 自分の「老い」を感じる

 
 
 
 

親方の独り言

2011年 02月 04日 (金)

「住ごす家」「光と風の家」 ご他聞に漏れず 断熱材未入荷が 延々と続き

 工事進行に支障を来している
 工務店で 断熱材の在庫を抱えていた事が幸いして
 「住ごす家」の60%程度は 在庫で対応出来ていたけれど
 待てど暮らせど もう かれこれ 2ヶ月の間 発注した断熱材は 入って来ない
 現場段取り・積算・図面書き・経理等々 色々色々する事は山積しているのに
 まさか ここに来て 材料不足の心配までせねばならぬ とは
 政府・ハウスメーカー・製造業者の陰謀ではないのか
 韓国製・アメリカ製・F4S未認定の中国製まで 飛び交い
 法規上は 「JIS認定F4Sでなくては ならない」等と規制しておきながら
 現物が流通してないので
 「手に入れる事の出来ない弱小工務店は とっとと潰れて仕舞いなさい」という
 政府・ハウスメーカー・製造業者の陰謀なのではないのか
 こんな事で 挫けちゃらんけえ
 覚えちょって いつか 仕返ししちゃる
 誰に仕返しするのかは よ~分からんが
 この得体の知れない「何者か」には 必ずなんかしらの仁義を切るつもりでは ある
 わしゃあ じっと覚えちょって 相手が忘れた頃に 仕返しするのが流儀なんじゃけえ
 ・・・・・・ただただ この状態には疲れ切っている
 さておき
 滞りながら工事は進み
 「住ごす家」の完成見学会は3/19~21に決定
 「光と風の家」は 5月末目標
 春先に工事目処の大規模リフォームを4件抱えながら
 テーマ未定の新築工事のプランニングを している
 リフォームでも新築でも そうなのだが
 日常的に「建築」を してると
 「これは こうで なければ ならない」と 知らず知らずに 「決め事」を作っていて
 根本から 積み上げて来た「決め事」なら それほどの害は ないのだけれど
 「思い込み」による「決め事」の場合は かなり危険だと思っていて
 リフォーム・新築のプランニングを する時は
 「思い込み」「錯覚」を排除していく作業をしている
 「台所と洗面の位置関係は 今までこうだったから 今回もこうだ」
 「LDKは今までこの広さだったから 今回もこうだ」
 「和室は こんな感じで良い」
 「子供部屋は 今まで通り こんな雰囲気で」
 積み重ねを続けていると 過去の事例が「呪縛」になり
 一人一人 生き方・暮らし方 が 違うのに
 自分が「思い込んだ物」を 人に 押しつけてしまうのが 自分自身恐くて
 ずっと ずっと 「違うんじゃないのか 本当に そうなのか」思い続ける作業をしていて
 日々の業務は もちろん あるのだけれど
 ラフプランを 頭の片隅に ぼんやりと置いたまま 日々の業務を こなしていて
 ずっと ずっと片隅にあると 「こうしたら ええんじゃ」と
 天の「お告げ」みたいな「映像」が舞い降りて来て
 目出度く 「プランニングの核」が 決定する事となる
 結局の所 「今までの経験から選んでいるだけじゃ ないか」と思われるかも 知れんが
 当の本人は そんな気は 全く無く
 まっさら の状態から 御施主さんに成り代わって 一番の「核」を探し出しているつもりで
 今まで 何百件のプランニングをして来たか 記憶に定かでないが
 同じプランニングをした事は 一度も無い
 「海の見える家」を見て 「このままで建ててくれ」と言ってくれた
 Kさんの「二人の家」でさえ 似てはいるけれど 「全く違う家」に なっている
 「海の見える家」は「海の見える家」で なければ ならなかった し
 「二人の家」は「二人の家」で なければ ならなかった
 生きて行く事は 連続の積み重ねで 連続しているからこそ「惰性」になりがちで
 段々段々 垢みたいな物が溜まってきて
 「人を人と呼んだ時に『人』という『呪』が かけられる」と
 夢枕貘が書いている通りだなあ~ と思っていて
 なるべく「既成概念」を廃して 「核」を探す行為を大切にしている
 なので
 知り合った・巡り合った 御施主さんは もう分かっているだろうけれど
 家とは関係ない様な事を なんだか 根掘り葉掘り 聞いている
 なんだか 自分自身 こんな事聞いて 家造りに役に立つんかなあ~ と思いながらも
 根掘り葉掘り 聞いてしまう
 知り合った人と 肌を摺り合わせる様にして 建物を造って行く
 テーマ未定の物件のテーマが決まりつつある 今日この頃
 家もそうだが
 「これは こうじゃなくちゃいかん」と
 「この人は こういう人だ」と
 「これは こういう もんだ」と
 決めて仕舞うことを 極力避けながら 生きて行きたいものでは ある