株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2010年 02月 22日 (月)

 一年間で一番嫌な時期を迎える
 「確定申告」「消費税申告」の季節
 自営業者なら 誰でも気が重くなる 天候の「どんより」と 相まって 気持ちはブルー

 小中高校、大学ついでに大学院まで 見知らぬ人々の税金を かき集めて通わせて貰った
 「社会(世間)」に対する負い目もあり 義務なので 致し方無し とはいえ
 確定申告を するからといって 「家」が造られて行く訳でもなし
 全く「生産性に欠ける帳簿付け」に なんとも かんとも 気が重い毎日

 常日頃から帳簿付けしとけば良い物を 嫌いな事は 何が何でも「後回し」に しちゃる
 と ほぼ 勉強の嫌いな幼児状態なので
 この時期 「一気に」確定申告書類作成を行う という 年中行事化している

 しかも この時期 「書き込む」と それで迷惑する人が沢山いるので実名はあげないが
 「提出しなければいけない書類」が 設計事務所&工務店用に あり
 独立した10年前には無かった書類まで 作製しなければならない

 先代が工務店をやっていた頃に出していた「建築確認申請書」 と
 現在の物は 書類にして10倍以上は有り
 だからといって 家を造る「やり方」が それほど変わった訳でもなく
 パソコンという物が 存在しなかったら
 「はあ もお やれんでよ」という作業が どんどこ どんどこ増えていく
 「書類じゃ現場は決して動かん」と思っていて
 でも 書類提出しないと 許認可が降りないので どこまでも「仕方なく」の書類作成

 パソコンという便利な道具が 出来た分だけ「書類の数」が増えていく様で
 全く「この世」は どうなって行くんじゃろおなあ~

 何にしても ブルーな この時期 「春」が待ち遠しいぜよ

 ・・・・・・「あるむ」再訪
 今度は 「28,900円」と来た
 もう これは もう
 わしの あるむのママさんに対する考えは「幻想」で あることが判明
 まあ 旨かったし 「サービスりんご」出してくれたし
 「サービス ビール」貰ったし 文句つけては 「ばち」が当たる が
 「29,000円」と して 貰いたかった
 「30,000円」でも 良かった
 大体 「内田さん 何出したかねえ~」と ママさんに聞かれ
 自己申告で もつ鍋やビールやジュースの数を言う 状態で
 真っ当な会計が出来ていようか
 わしは この頃「確定申告」で神経が参ってしまっているので
 「お金の計算」に ピリピリ来ているのだ

 う~む

 何もかも 悪いのは 「確定申告」 で ある
 「あるむママ」では 無い

 ・・・・・・リバーダンス音合わせ
 今 自分の「唯一の息抜き場所」に なっている
 なんとも 「高速足さばき」を要求されるが その難解さが また 良い

親方の独り言

2010年 02月 11日 (木)

 また 今年も「川棚舞龍祭」の 案内が来た
 今年は 残念ながら 参加出来そうにない
 ただでさえ 人数少ない(総勢9名)のメンバーの内
 「ちかちん」「かねごん」の 妊娠発覚
 目出度い限りで あるが このチーム状態で 川棚に挑む感覚は わしに は ない
 土曜日の 甦町屋In「あるむ」新年会にて また 話し合う事に なろうが
 今の所 自分の気持ちは 「かなり後ろ向き」 である

 思えば この「よさこい」始めて10年近く
 幾人の「妊婦」を 見てきた事か
 「結婚して10年しても子供が出来なくて何か趣味を と 始めました」と
 入社してきた女子は 入社3ヶ月で 妊娠し
 結婚して7年経って 『よさこい』始めた子は 入社半年で 妊娠し
 他にも多々 色んな事情で 妊娠し
 えっと・・・ 数えてみると・・・・
 社中に在籍した女性で 子供が出来たのは10名を越えている
 当たり前だが わしには 何の「身に覚え」は 無い
 断じてない
 妻には内緒で 「危険な情事」を 夢見たりもするが
 悲しい事に わしは 社中では「男」と見なされない らしく
 間違いの一歩手前さえない
 なんと 言っても 「シバシバ」の様な 「腕を組んでグルグル回る振り」のシーン
 でさえ 何故にか わしは 一人で「エアー」相手に グルグル回っている
 ・・・・・悲しい
 「フリーダム」の様な 「みんなで肩組んでステップ踏む」のシーン
 でさえ 何故にか わしは たった一人ぽっちで う~んハイハイ う~んハイハイ
 をしている
 「身に覚え」の おこりようも無い 悲しい状況下に置かれている
 ・・・・・あ~ また 愚痴っちまったなあ ・・・・・

 とあれ

 「ぽっか」の様に 入社して 生んで また 復帰する といった
 根性の入ったケースは まだ一例のみ
 「ぽっか」は 元レディースなので まあ 分かるとして
 自分の希望的には 何年かかっても良いから
 また 「今度は親子で社中に戻って来いよ」 と 祝う気持ちの方が強く
 メンバー減少による危機は 毎年のように経験してきたので
 慣れっこに なって しまった

 成るようにしか成らんので 出来ることを精一杯やる
 それだけの事で あろうと 思っている

 にしても 目出度い
 「ちかちん」が 二人目を欲しがっていたのは知っていたし 一気に双子とは
 目出度き事である
 「かねごん」が ママーズを横目に 何時か私もママーズに と思っていただろう事も
 想像に堅く うんうん え~子を 生んでおくれよ

 わしは きっと「安産」の神 である み~んな「ええ子」が 生まれるに 違いない

 ・・・・・・・・・
 K邸 瑕疵保証の中間検査も終わり
 電気・ユニットバスの打合せが 先日終了
 Kさん には 感謝のしようも 無い位 世話になっている気がする
 一杯の「ありがとう」を貰い
 わしに出来る事は 唯々「良い家」を造る事しかなく
 仮にも 相手は「お客様」なのに
 「なんで こんな わしらあに そこまでしてくれるん?」
 と 思わされる事 始終で
 出来る事は 全て やり尽くし たい
 Kさん と 出会えた奇跡 を とことん やり尽くしてみようと 思っている
 24坪の こじんまりした「二人の家」を 愛している
 我ながら「良い家じゃのお~」と描く最終形まで このまま 突っ走る

 ・・・・・・・・・
 「夢みる家」大枠骨子生まれる
 毎回の事では あるが プラン中は口には出さないけれど
 「本当に 家が出来ていくんじゃろうか?」と
 施主以上に 自分の方が 「不安のかたまり」に なっている
 考えられるパターンは 全て吐き出したのか 本当にそうなのか
 「それが自分の限界」と言っても恥ずかしくない所まで 根を詰めているのか
 自分自身に甘えていないか 本当にそういう提案をして大丈夫と思えるか
 その人の一生分を背負って行けるか その人にとって「これしかない家」に なっているか
 ずっと ずっと不安で ええんかいのお 本当にええんかいのお
 考えに考え続ける 考え続けていると 「ふっ」と 「これしかない」形が舞い降りてきて
 わしは 神様は信じん けれど 神は 居るんじゃなかろうか と思わされる形に
 到達する事を 夢描いて プランニングしていく
 この「夢みる家」の 骨子は 中々に良い
 ああ 神が舞い降りてきたなあ と 今 思っている

 ・・・・・・・
 この土曜は「あるむ」
 先日 電話連絡すると ママさん上機嫌で
 カムサハムニダ で あった
 なんたて 先日 しんちゃんと行った時は 会計で初めて「8,100円」と
 端数のある金額を 提示され
 「なんじゃ わし なんか尻尾踏むような真似してしまったん かいのお」
 「8,000円じゃ ないんじゃ 訳分からん」
 と 思った物だが 今回は どうなる事か
 なんだか 韓国は やはり儒教の国らしく
 一人で「あるむ」に行く時は ママさんから
 「お金は いらないよ」と言われ それは あんまりなので きちんと払うのだが
 ママさん的には 息子の様なアンタから 「金は取れない」らしく
 ママさん的には 「なんで払うの 私に恥をかかせる気?」らしく
 困ってしまうので 「あるむ」に行く時は極力二人以上で行く事に しているが
 諸事情により あんまし行かんかったせいか どうなのか
 「8,100円」は なかったよなあ~ その100円は 一体なんなん?
 という事で 今回は 様子見 じゃなあ

親方の独り言

2010年 01月 31日 (日)

 個人的に 「休む」事が嫌いなのかも知れないが
 10年前に 内田工務店を自分が始めて以来
 「休日」が 極端に少なくなった

 元々 仕事を始めてからは
 この「物造り」の仕事が好きなせいも あって

 設計事務所時代の 月に1~2回の休みの日も
 現場は休みなので 職人さんを煩わせる事もなく 現場を見られるので
 現場を巡ったり 近場の気になる建物を見て廻ったり

 H工務店勤務時代は 仕事量が半端でなく
 寝袋を工務店に持参して仕事をこなしても まだ時間が無く
 最大時には 営業マンが7人居るのに 設計屋は自分一人で
 お施主さんの所には 営業マンと同行していたので
 休みと呼べる物は全くなく 月平均400時間弱 会社で働いていた

 世話になった設計事務所にも工務店にも 不服は無く
 一杯仕事を教えて貰って 一杯経験を積ませて貰ったなあ
 感謝以外に ない

 ただ どこまで行っても 「会社」の仕事であるので
 とことん「したい事」が 出来るかと言うと そうでもなく
 そこの所での 不満というのは あったりして
 自分一人になって 自分中心の「物造り集団」を さばいていく現況は
 不満のつけようもなく
 基本「物造り」が好きな所に持って来て
 他人の責任も「自分の責任」 自分の責任は 当然「自分の責任」という
 なんとも やりがいのある状況なので
 趣味は と 聞かれれば 間違いよう無く「仕事です」 と 答える

 したいことが「仕事」なので 休むより 仕事してた方が楽しかったりして
 必然的に 「休日」という物は 自分の中に存在しない
 一日まるった「休む」のは 旅行に行った時か正月位の物ではないか
 ゴルフに行く時でさえ 朝一で一仕事済ませてからでないと なんか 落ち着かん
 今月は まるった休みが3日間あって 休みの多い月ではあった

 タップの練習が 週に2回 よさこいの練習が 週に1回
 読書は週に1冊ペース
 諸事情により 朝夕の「エスの散歩」が 毎日計1時間
 ・・・なんだ 結構 休んどるなあ
 会社員の時は そんな暇も無かったもんなあ
 という事は 毎日 気楽に やっとる と 言う事では ある

 ただ もう暫くの間 朝から晩まで本を読んでいる というような
 最高の至福の時は 味わっておらず
 もう そんな時は 仕事を辞めない限り 訪れる事もなく
 読みたい本や 見たい映画が どんどこ どんどこ溜まっていくのには
 ストップは かからんのだろうなあ~
 老後の楽しみと しておこう

 ・・・・・・先日 仕事の打合せと称して しんのすけ と 「あるむ」に行った
 「あるむ」を初めて知った時 あまりの感動に 日々通い
 職人さんから「うっちい この頃 ずっと くさい けど 何しよるんか」と言われ
 通った日数数えると 1ヶ月間で10日行ったのが 最高記録
 ママさんに 晴れて常連さん と 認められ
 個人的に ママさんに 飲みに誘われ 同伴させて頂いた事3回
 毎年引き受けている アジカレの韓国学生は 必ず「あるむ」に連れて行く
 久々行って うまかった けど 久々行って なんだか あしらわれた
 まあ 又 来月 甦町屋新年会で 行くから 関係修復に 勤めよう

 ・・・・・・ 二人の家 上棟完了 ほっと一息 

 ・・・・・・ ようやく 「リバーダンス」音合わせに突入

 ・・・・・・ 繋ぐ家 3/20~の完成見学会決定

 今週も バタバタ楽しい一時となる

親方の独り言

2010年 01月 10日 (日)

 ほんに 暫く タップ教室に行って無かった
 今週の水曜日から晴れて タップ復帰

 一ヶ月振りのタップは 顔面蒼白になり
 身体が 他人の物を借りている様で
 中学時代 陸上部で 「一日怠けたら 戻すのに一週間かかる」と言われたものだが
 なんちゃってタップなので そこまでは かからん と しても
 一ヶ月は 完全復帰に かかる 気がする

 教室に 入った時は もちろん わしは 一番の初心者で
 先輩が 10数名程度いて
 一番「若い」先輩でも タップ歴4年程度で
 それ程 すんごい技でも ないのだろうけれど
 全く身体が 言うことを聞かない 自分に比べれば
 信じられん 軽快な足運びで
 「わしゃ この方々に追いつけるのであろうか」 と かなり不安を 抱えていた

 「先輩」と言っても わしが 入った当時は
 教室の中では わしが2番目に 「御高齢」であり
 入った当時の先輩は 小学校4年生二名、6年生一名、中学生一名
 他 20代、30代 といった面々で

 軽快な足運びをする「翔(しょう)ちゃん(=小学4年の男の子)」に
 「しょうちゃん凄いねえ 良く そんな事が出来るねえ」と言った時
 翔ちゃん 曰く
 「タップ4年も踏めば これくらいは 出来るようになるよ」
 と 鼻をピクピクさせて おっしゃられ

 「はあ ギタギタに しちゃろうか このガキ~」と 思った物だが
 わしは 善良な かなり真っ当な 慈愛に満ちた 大人なので
 目は まっかっか だったかも 知れんが
 「いいなあ~ 翔ちゃん 凄いなあ~」
 と 大人言葉を しゃべった記憶が ある

 妻は 知っているが

 事ある毎に 「翔ちゃんを 絶対に負かしちゃる」
 「かずちゃん(←当時小4の女の子)を負かしちゃる」
 「翔ちゃんママを 追い越しちゃる」
 と 宣言しているので
 常に タップ教室では 「ライバル視」している先輩方を 持っている

 当初は 妻に
 「小学生相手に なんで対等に『戦う』姿勢を しんちゃんは見せるのかなあ~」
 「分かんないなあ~ それで楽しいの しんちゃん」
  と 言われ

 「何を言っとんのじゃ 『男』は やらにゃいけん事が あるんじゃ」
 「『男』は 負けちゃいけんのじゃ」
 と 言い返し

 事ある毎に

 「どうじゃ 今日は とうとう かずみちゃんを追い越すステップを覚えたぞ」
 「もう 翔ちゃんは わしの 遙か彼方 後塵を拝しちょるけえ」
 と 「勝利」した日には 報告し
 かずみちゃんが すばやく出来 わしは 一ヶ月経っても出来んステップに出くわした時は
 「はあ もお ええけえ どおせ わしは 駄目な人間じゃけえ」
 「人間失格じゃけえ 生まれて来てゴメンナサイ」
 「わたし 生きていても いいのでしょうか」
 と 教室に行く度に 躁鬱を繰り返す情況に 妻も飽き飽きしたらしく

 「ふ~ん そおなん 良かったね」「あ~残念じゃったね」と
 言ってくれる その目に 「目力(めぢから)」は 無く
 おざなりの 受け答えしか してくれない

 ふん だ
 ええじゃないか
 小学生がライバルでも(←今は中一だが)
 わしゃ ガキンチョに 負けるのは 嫌なんじゃ
 徒競走でも腕相撲でも
 たとえ相手が3歳でも4歳でも
 わしゃ 勝ったら 嬉しいんじゃ

 ふん だ

 もし 仮に わしがブロードウェイにデビュ-しても
 妻には 絶対 わしの 「サイン色紙」は やらんもんね
 へっへっ~んだ

 今に見ておれ

 おっさんには おっさんの意地が あるのだ

 本日の数々のステップの内 翔ちゃんに 完敗した物 二つ
 僅かながらの勝利は三つ

 「完全制覇」しちゃる

 えいえいお~

 ・・・・・・・ 「繋ぐ家」大工工事中 完成まで あと一歩
 かなり「ええ雰囲気」に なってきている
 シックモダンって こんな感じかなあ~ と 思いながらコツコツ中

 ・・・・・・・ 「二人の家」基礎工事中 もうすぐ上棟
 はあ もお 数十回は「軸組」を見直した 本日やっと「ふんぎり」が ついて
 プレカットのGoを出した これで ええはず きっと多分
 完成形まで これで辿り着けるはず きっと多分

 ・・・・・・・ プラン中 テーマ決定「夢見る家」
 Kさんは このテーマは不服かも知れんが 今まで話してきて
 自分自身「夢見たい家」に 仕上げてみたい

 ・・・・・ 秋芳ロイヤルでの二次会の写真
 チャールズ(←写真のオジサン)撃沈し 誰か分からんが 額にカキコミ
 誰か分からんが わしの背中にもカキコミ 腹にもカキコミ
 二次会で なんか背後から シャツをめくり ごにょごにょ しちょるなあ~
 と 思い
 そんなに わしの事が 好きなら 正面から抱きついてこんかい
 と 思ってたのだが
 マッキ-にて いけないマークを 誰ぞ知らん描いていたらしい
 今年一年かけて 犯人探しをする
 わしは 狙った獲物は逃さんのじゃけえ

親方の独り言

2010年 01月 03日 (日)

 年は 既に明け また これから一年

 昨年も 色々色々あったように
 今年も 色々な事が おきてくると思う

 小学校の卒業文集に 書いた

 将来は 大工さんになって
 2級建築士になって(←その当時は1級建築士があるとは知らなかった)
 家を 建てたい

 その 夢が 現実として 日々の生活に有る

 やはり 夢と現実は かなりの違いがあって

 わしが 言う 「大工さん」 とは 「職人」であって
 その「職人」には なれなかった
 今後も きっと 「職人」に なる事は無い と 思う

 中学を卒業してすぐ 職人の世界に入り ベンガラを塗り 土乗せ瓦の土を背負い
 「わしゃあ馬鹿じゃから大工になるしかなかった」と にこやかに言う 井上さんに
 なれる訳も無く

 高校卒業し 「軽天」の世界に入り セミナーパークの職長までこなした
 吉松さんの器用さ も なく

 高校中退し 自衛隊に入り 子供を6人抱え 様々な事を 見・知り
 「刃物」フェチ で 独特の考え方を持つ 古賀君に 成れようも 無く

 わしが 恋い焦がれるのは 「職人」であり
 基礎であろうと 水道であろうと 電気であろうと 大工であろうと
 左官であろうと 足場屋であろうと サッシ屋であろうと 板金屋であろうと
 なんであろうと 「職」に堪能した「輩」であり
 「職」に 生きる事しか 出来ない「輩」であり

 その中でも 子供の頃から見てきた「大工」に 成りたかった
 けれども なれなかった
 今からでも 出来るのかも知れないけれど
 わしには そんな「器用さ」が 無い のは もう 何年も生きてきたので分かっている

 夢も希望も理想も あった
 今でも ある

 夢も希望も理想も ある

 ただ 言い訳かも知れないけれど
 子供の頃には 分からなかった
 「削ぎ落として行く事」の 大切さ は 分かっている

 人生短か過ぎるので 「何でも出来る」と 思っていた事が
 「何でも出来る訳でもない」事は 経験してきた

 『将来は 大工さんになって
 2級建築士になって(←その当時は1級建築士があるとは知らなかった)
 家を 建てたい』

 削ぎ落として行く

 「大工さんに なりたい」
 を 落とし

 「建築士に なりたい」
 を 落とし

 「家を 建てたい」
 一本で 行く

 「自分に嘘をつかない 自分の知る・持てる 最大限の力で 家を造る」
 一人よがり かも 知れない
 我が儘 かも 知れない
 弱っちい自己愛かも 知れない

 言い訳は しない
 「自分で やっている」から
 「人のせい」には 絶対しない

 あれも良い これも良い かもしれないが

 自分は 自分の思う・描く・望む 「住む器」を
 「巡り合った人と 一緒に造る」
 それが 有るから 自分なのだ
 「造る」から 自分なのだ

 「造る」事が 自分の姿で 生き様で
 飲み屋で はしゃぐ自分も
 よさこい やってる自分も
 タップ やってる自分も
 「造る事」から 派生しているに 過ぎない し
 それで 充分だ
 と 思っている

 わしは 「それだけ しか 出来ない人間」で
 「それだけ」を 全う出来たら こんな幸せな事は ないのだよ

 心は 人に有り

 生き様は 人に有る

 「それだけ」を 全う するべく また 今年も生きていく

 変わって行っているのかも 知れないが
 「志」は ここに有る

 ・・・・・秋芳ロイヤルクリスマスパーティーでの 一コマ
 なんだか 今年も 我が儘一杯に させて貰った
 良かったのか 悪かったのか は 正直 分からない
 はじけ飛んだ一時
 二次会では なんだか みょ~に 協力業者の面々が いとおしくなり
 男共を ひっつかまえては 「ちゅ-」を した 記憶が 微かに有る
 10人位は ひっつかまえて 「ちゅー」を した きっと 多分 恐らく
 サッシ屋の浜野さんに 撮影を 御願いして
 後日 写真をチェックした
 一人一人 み~んな 「いい顔」を している
 ほれぼれする様な笑顔 が 嬉しい
 わしの 宝物 だと 思う

 自分は 間違っているのかも知れない
 色んな生き方が 有って良い とは 思うが
 自分の生き方が 正しいとは 到底思えない

 けれど みんな「いい顔」を している

 
 ・・・・・・残念な事に 又 今年も
 「内田さん一年間お世話になりました」と 言う奴は 一人も現れなかった
 さんざんっぱら言った挙げ句
 「あんた 注いで貰いたいって言ってたじゃない」と注ぎに来た 吉松さんの奥様と
 千鳥足で ふらふらになりながら 「まあ一杯」と来た 左官の中尾さんのオヤジと
 「うっちゃん ごめんねえ 明日は ちょっとゴルフは勘弁してえやあ」と
 ドタキャンかました 基礎屋の白井さん
 の 合計3名
 おいおい わしを もちいと持ち上げえやあ と 思う物の
 なんだか幸せな一コマ
 工務店グループ57名
 めいめい が 楽しんで めいめいが 帰って行った
 めいめい が 「内田に嘘を つかんかった」と 思ってるからこそ
 こんな事に成る のだと
 勝手に思い
 勝手に嬉しかった  

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