株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2010年 01月 31日 (日)

 個人的に 「休む」事が嫌いなのかも知れないが
 10年前に 内田工務店を自分が始めて以来
 「休日」が 極端に少なくなった

 元々 仕事を始めてからは
 この「物造り」の仕事が好きなせいも あって

 設計事務所時代の 月に1~2回の休みの日も
 現場は休みなので 職人さんを煩わせる事もなく 現場を見られるので
 現場を巡ったり 近場の気になる建物を見て廻ったり

 H工務店勤務時代は 仕事量が半端でなく
 寝袋を工務店に持参して仕事をこなしても まだ時間が無く
 最大時には 営業マンが7人居るのに 設計屋は自分一人で
 お施主さんの所には 営業マンと同行していたので
 休みと呼べる物は全くなく 月平均400時間弱 会社で働いていた

 世話になった設計事務所にも工務店にも 不服は無く
 一杯仕事を教えて貰って 一杯経験を積ませて貰ったなあ
 感謝以外に ない

 ただ どこまで行っても 「会社」の仕事であるので
 とことん「したい事」が 出来るかと言うと そうでもなく
 そこの所での 不満というのは あったりして
 自分一人になって 自分中心の「物造り集団」を さばいていく現況は
 不満のつけようもなく
 基本「物造り」が好きな所に持って来て
 他人の責任も「自分の責任」 自分の責任は 当然「自分の責任」という
 なんとも やりがいのある状況なので
 趣味は と 聞かれれば 間違いよう無く「仕事です」 と 答える

 したいことが「仕事」なので 休むより 仕事してた方が楽しかったりして
 必然的に 「休日」という物は 自分の中に存在しない
 一日まるった「休む」のは 旅行に行った時か正月位の物ではないか
 ゴルフに行く時でさえ 朝一で一仕事済ませてからでないと なんか 落ち着かん
 今月は まるった休みが3日間あって 休みの多い月ではあった

 タップの練習が 週に2回 よさこいの練習が 週に1回
 読書は週に1冊ペース
 諸事情により 朝夕の「エスの散歩」が 毎日計1時間
 ・・・なんだ 結構 休んどるなあ
 会社員の時は そんな暇も無かったもんなあ
 という事は 毎日 気楽に やっとる と 言う事では ある

 ただ もう暫くの間 朝から晩まで本を読んでいる というような
 最高の至福の時は 味わっておらず
 もう そんな時は 仕事を辞めない限り 訪れる事もなく
 読みたい本や 見たい映画が どんどこ どんどこ溜まっていくのには
 ストップは かからんのだろうなあ~
 老後の楽しみと しておこう

 ・・・・・・先日 仕事の打合せと称して しんのすけ と 「あるむ」に行った
 「あるむ」を初めて知った時 あまりの感動に 日々通い
 職人さんから「うっちい この頃 ずっと くさい けど 何しよるんか」と言われ
 通った日数数えると 1ヶ月間で10日行ったのが 最高記録
 ママさんに 晴れて常連さん と 認められ
 個人的に ママさんに 飲みに誘われ 同伴させて頂いた事3回
 毎年引き受けている アジカレの韓国学生は 必ず「あるむ」に連れて行く
 久々行って うまかった けど 久々行って なんだか あしらわれた
 まあ 又 来月 甦町屋新年会で 行くから 関係修復に 勤めよう

 ・・・・・・ 二人の家 上棟完了 ほっと一息 

 ・・・・・・ ようやく 「リバーダンス」音合わせに突入

 ・・・・・・ 繋ぐ家 3/20~の完成見学会決定

 今週も バタバタ楽しい一時となる

親方の独り言

2010年 01月 10日 (日)

 ほんに 暫く タップ教室に行って無かった
 今週の水曜日から晴れて タップ復帰

 一ヶ月振りのタップは 顔面蒼白になり
 身体が 他人の物を借りている様で
 中学時代 陸上部で 「一日怠けたら 戻すのに一週間かかる」と言われたものだが
 なんちゃってタップなので そこまでは かからん と しても
 一ヶ月は 完全復帰に かかる 気がする

 教室に 入った時は もちろん わしは 一番の初心者で
 先輩が 10数名程度いて
 一番「若い」先輩でも タップ歴4年程度で
 それ程 すんごい技でも ないのだろうけれど
 全く身体が 言うことを聞かない 自分に比べれば
 信じられん 軽快な足運びで
 「わしゃ この方々に追いつけるのであろうか」 と かなり不安を 抱えていた

 「先輩」と言っても わしが 入った当時は
 教室の中では わしが2番目に 「御高齢」であり
 入った当時の先輩は 小学校4年生二名、6年生一名、中学生一名
 他 20代、30代 といった面々で

 軽快な足運びをする「翔(しょう)ちゃん(=小学4年の男の子)」に
 「しょうちゃん凄いねえ 良く そんな事が出来るねえ」と言った時
 翔ちゃん 曰く
 「タップ4年も踏めば これくらいは 出来るようになるよ」
 と 鼻をピクピクさせて おっしゃられ

 「はあ ギタギタに しちゃろうか このガキ~」と 思った物だが
 わしは 善良な かなり真っ当な 慈愛に満ちた 大人なので
 目は まっかっか だったかも 知れんが
 「いいなあ~ 翔ちゃん 凄いなあ~」
 と 大人言葉を しゃべった記憶が ある

 妻は 知っているが

 事ある毎に 「翔ちゃんを 絶対に負かしちゃる」
 「かずちゃん(←当時小4の女の子)を負かしちゃる」
 「翔ちゃんママを 追い越しちゃる」
 と 宣言しているので
 常に タップ教室では 「ライバル視」している先輩方を 持っている

 当初は 妻に
 「小学生相手に なんで対等に『戦う』姿勢を しんちゃんは見せるのかなあ~」
 「分かんないなあ~ それで楽しいの しんちゃん」
  と 言われ

 「何を言っとんのじゃ 『男』は やらにゃいけん事が あるんじゃ」
 「『男』は 負けちゃいけんのじゃ」
 と 言い返し

 事ある毎に

 「どうじゃ 今日は とうとう かずみちゃんを追い越すステップを覚えたぞ」
 「もう 翔ちゃんは わしの 遙か彼方 後塵を拝しちょるけえ」
 と 「勝利」した日には 報告し
 かずみちゃんが すばやく出来 わしは 一ヶ月経っても出来んステップに出くわした時は
 「はあ もお ええけえ どおせ わしは 駄目な人間じゃけえ」
 「人間失格じゃけえ 生まれて来てゴメンナサイ」
 「わたし 生きていても いいのでしょうか」
 と 教室に行く度に 躁鬱を繰り返す情況に 妻も飽き飽きしたらしく

 「ふ~ん そおなん 良かったね」「あ~残念じゃったね」と
 言ってくれる その目に 「目力(めぢから)」は 無く
 おざなりの 受け答えしか してくれない

 ふん だ
 ええじゃないか
 小学生がライバルでも(←今は中一だが)
 わしゃ ガキンチョに 負けるのは 嫌なんじゃ
 徒競走でも腕相撲でも
 たとえ相手が3歳でも4歳でも
 わしゃ 勝ったら 嬉しいんじゃ

 ふん だ

 もし 仮に わしがブロードウェイにデビュ-しても
 妻には 絶対 わしの 「サイン色紙」は やらんもんね
 へっへっ~んだ

 今に見ておれ

 おっさんには おっさんの意地が あるのだ

 本日の数々のステップの内 翔ちゃんに 完敗した物 二つ
 僅かながらの勝利は三つ

 「完全制覇」しちゃる

 えいえいお~

 ・・・・・・・ 「繋ぐ家」大工工事中 完成まで あと一歩
 かなり「ええ雰囲気」に なってきている
 シックモダンって こんな感じかなあ~ と 思いながらコツコツ中

 ・・・・・・・ 「二人の家」基礎工事中 もうすぐ上棟
 はあ もお 数十回は「軸組」を見直した 本日やっと「ふんぎり」が ついて
 プレカットのGoを出した これで ええはず きっと多分
 完成形まで これで辿り着けるはず きっと多分

 ・・・・・・・ プラン中 テーマ決定「夢見る家」
 Kさんは このテーマは不服かも知れんが 今まで話してきて
 自分自身「夢見たい家」に 仕上げてみたい

 ・・・・・ 秋芳ロイヤルでの二次会の写真
 チャールズ(←写真のオジサン)撃沈し 誰か分からんが 額にカキコミ
 誰か分からんが わしの背中にもカキコミ 腹にもカキコミ
 二次会で なんか背後から シャツをめくり ごにょごにょ しちょるなあ~
 と 思い
 そんなに わしの事が 好きなら 正面から抱きついてこんかい
 と 思ってたのだが
 マッキ-にて いけないマークを 誰ぞ知らん描いていたらしい
 今年一年かけて 犯人探しをする
 わしは 狙った獲物は逃さんのじゃけえ

親方の独り言

2010年 01月 03日 (日)

 年は 既に明け また これから一年

 昨年も 色々色々あったように
 今年も 色々な事が おきてくると思う

 小学校の卒業文集に 書いた

 将来は 大工さんになって
 2級建築士になって(←その当時は1級建築士があるとは知らなかった)
 家を 建てたい

 その 夢が 現実として 日々の生活に有る

 やはり 夢と現実は かなりの違いがあって

 わしが 言う 「大工さん」 とは 「職人」であって
 その「職人」には なれなかった
 今後も きっと 「職人」に なる事は無い と 思う

 中学を卒業してすぐ 職人の世界に入り ベンガラを塗り 土乗せ瓦の土を背負い
 「わしゃあ馬鹿じゃから大工になるしかなかった」と にこやかに言う 井上さんに
 なれる訳も無く

 高校卒業し 「軽天」の世界に入り セミナーパークの職長までこなした
 吉松さんの器用さ も なく

 高校中退し 自衛隊に入り 子供を6人抱え 様々な事を 見・知り
 「刃物」フェチ で 独特の考え方を持つ 古賀君に 成れようも 無く

 わしが 恋い焦がれるのは 「職人」であり
 基礎であろうと 水道であろうと 電気であろうと 大工であろうと
 左官であろうと 足場屋であろうと サッシ屋であろうと 板金屋であろうと
 なんであろうと 「職」に堪能した「輩」であり
 「職」に 生きる事しか 出来ない「輩」であり

 その中でも 子供の頃から見てきた「大工」に 成りたかった
 けれども なれなかった
 今からでも 出来るのかも知れないけれど
 わしには そんな「器用さ」が 無い のは もう 何年も生きてきたので分かっている

 夢も希望も理想も あった
 今でも ある

 夢も希望も理想も ある

 ただ 言い訳かも知れないけれど
 子供の頃には 分からなかった
 「削ぎ落として行く事」の 大切さ は 分かっている

 人生短か過ぎるので 「何でも出来る」と 思っていた事が
 「何でも出来る訳でもない」事は 経験してきた

 『将来は 大工さんになって
 2級建築士になって(←その当時は1級建築士があるとは知らなかった)
 家を 建てたい』

 削ぎ落として行く

 「大工さんに なりたい」
 を 落とし

 「建築士に なりたい」
 を 落とし

 「家を 建てたい」
 一本で 行く

 「自分に嘘をつかない 自分の知る・持てる 最大限の力で 家を造る」
 一人よがり かも 知れない
 我が儘 かも 知れない
 弱っちい自己愛かも 知れない

 言い訳は しない
 「自分で やっている」から
 「人のせい」には 絶対しない

 あれも良い これも良い かもしれないが

 自分は 自分の思う・描く・望む 「住む器」を
 「巡り合った人と 一緒に造る」
 それが 有るから 自分なのだ
 「造る」から 自分なのだ

 「造る」事が 自分の姿で 生き様で
 飲み屋で はしゃぐ自分も
 よさこい やってる自分も
 タップ やってる自分も
 「造る事」から 派生しているに 過ぎない し
 それで 充分だ
 と 思っている

 わしは 「それだけ しか 出来ない人間」で
 「それだけ」を 全う出来たら こんな幸せな事は ないのだよ

 心は 人に有り

 生き様は 人に有る

 「それだけ」を 全う するべく また 今年も生きていく

 変わって行っているのかも 知れないが
 「志」は ここに有る

 ・・・・・秋芳ロイヤルクリスマスパーティーでの 一コマ
 なんだか 今年も 我が儘一杯に させて貰った
 良かったのか 悪かったのか は 正直 分からない
 はじけ飛んだ一時
 二次会では なんだか みょ~に 協力業者の面々が いとおしくなり
 男共を ひっつかまえては 「ちゅ-」を した 記憶が 微かに有る
 10人位は ひっつかまえて 「ちゅー」を した きっと 多分 恐らく
 サッシ屋の浜野さんに 撮影を 御願いして
 後日 写真をチェックした
 一人一人 み~んな 「いい顔」を している
 ほれぼれする様な笑顔 が 嬉しい
 わしの 宝物 だと 思う

 自分は 間違っているのかも知れない
 色んな生き方が 有って良い とは 思うが
 自分の生き方が 正しいとは 到底思えない

 けれど みんな「いい顔」を している

 
 ・・・・・・残念な事に 又 今年も
 「内田さん一年間お世話になりました」と 言う奴は 一人も現れなかった
 さんざんっぱら言った挙げ句
 「あんた 注いで貰いたいって言ってたじゃない」と注ぎに来た 吉松さんの奥様と
 千鳥足で ふらふらになりながら 「まあ一杯」と来た 左官の中尾さんのオヤジと
 「うっちゃん ごめんねえ 明日は ちょっとゴルフは勘弁してえやあ」と
 ドタキャンかました 基礎屋の白井さん
 の 合計3名
 おいおい わしを もちいと持ち上げえやあ と 思う物の
 なんだか幸せな一コマ
 工務店グループ57名
 めいめい が 楽しんで めいめいが 帰って行った
 めいめい が 「内田に嘘を つかんかった」と 思ってるからこそ
 こんな事に成る のだと
 勝手に思い
 勝手に嬉しかった  

親方の独り言

2009年 12月 21日 (月)

 年末に向け ラストスパートの最中

 「大きな私事」が あり
 不義理を欠いてしまうこと 数多き 先週だった

 昨年の「秋芳ロイヤルクリスマスパーティー」から 早一年
 「内田工務店忘年会IN秋芳ロイヤルクリスマスパーティー」を 明日に迎える

 今年のパーティーでは 「リバーダンス」を披露する予定だったのだが
 予定は崩れ
 タップ教室での「リバーダンス到達は今年無理だ」 と
 気付いたのが 約4ヶ月前

 ありゃ~ 困ったぞ
 毎年うち(←内田工務店グループ)から出演者出そうと思ってたのに
 こりゃあ 今年は できんかも知れん
 チャールズ坪井は もう2年連続で やっとるから ちょっとマンネリじゃし
 ドラゴン玉川の「回天(←潜水艦の)日舞」は なんか暗いし 去年やったし
 愛妻のピアノコンサートも 諸事情により 今年は出来んし
 もとより やりたかった「リバーダンス披露」は じぇんじぇん無理じゃし
 どうしたら ええんじゃろおか
 思い悩んでいたが
 というか 秋芳ロイヤル側も 内田グループの 無理矢理出演を
 一応『お客様』なので 嫌な顔も出来ないから 出演させてるだけで
 元々『出て貰わなくても よろしい』 と 思われているんじゃ無かろうか
 と言う 思いも 確かにあり

 かといって わしらあのグループの者が 舞台に立つと
 かなり「イジリがい」が あり いじっているのも面白く
 秋芳ロイヤル側の迷惑も顧みず

 「今年は出演者なし」の あんまし はじけんパーティーに なって しまうんかのお~

 と 正直 覚悟していたのだが

 「はた」 と ひらめき

 お~ そう言えば 秋芳ロイヤルのパーティーを 知ったのは
 7~8年前に 甦町屋社中に出演依頼が あって
 出演演舞したのが 「きっかけ」じゃった
 もう 5年は経過しちょるから 「マンネリ感」も 無いに違いない
 その当時の出演メンバーは 現在一人も居ないから あの「楽しさ」は知らんし
 秋芳ロイヤル側も 嫌でも「喜んだ顔」を するしか無いに 違いない
 お~ この悪知恵は かなり名案じゃぞ
 なんだか 公私混同しちょるけど
 まあ 良いでわ ないか
 どうせ わし「我が儘」なんじゃし
 ソマッチーズのママさん連中が わしに賛同してくれれば
 秋芳ロイヤルにねじこんじゃろお

 思い付き

 練習時間に「悪知恵」を 甦町屋ママア-ズに披露すると
 「出ましょう」と 言ってくれ
 その 勢いを 借りて 秋芳ロイヤル支配人の泉さんに
 「甦町屋 出さんと 泣いちゃるけえ わしが 泣いたら やかましいんじゃけえ」
 と言うと 泣かれるのも 面倒くさい のか 泉さんから
 「是非出て下さい」と 言って頂き

 というか 言わせた
 というか 「じら」を くった
 というか 脅した というか 脅迫した
 みたいな 感じで
 パッパカパ~ン 「晴れて出演決定」 で あります

 はあ もう これはもう 面白いに 決まっちょる
 わしは「芸人」で なければならない ので
 後は 「すべらん」様に するのみ で あります

 というような 経過で 明日のパーティーを迎える

 今年は 工務店グループ57名+甦町屋12名

 今年こそは 誰か わしに
 「内田さん 一年間お世話になりました」
 と 酒を注ぎに来る奴が 顕れるに違いない

 昨年 妻に
 「しんちゃん 工務店の忘年会なのに しんちゃんに 注ぎに来る人誰もいないね」
 と 初めて 『気付き』 を 貰い

 そういえば わし 工務店を始めて10年近く経つけど
 工務店の忘年会で 一回も「お世話になりました」と 注いで貰った事ないよなあ
 と その言葉で 初めて気付き
 「これは いかん」 と 思い
 事ある毎に
 「ねえねえ あんた わしに酒注いでくれた事ある?」
 「そおなん そんなに わしの事 嫌いなん」
 「嫌いじゃけえ 注ぎにこんのじゃのお~」
 と 協力業者の面々に この一年 さんざんぱら 言い続けたので
 今年は はれて
 「えっへん」 「おっほん」 「まあ 良きに はからえ」
 に なるに 違いない

 ・・・まあ 明日に ならねば分からんが

 なんにしても みんな 楽しんでくれれば それで 良い

 ほんに ほんに 一年間 みんな ありがとう
 こんな わしに 付き合ってくれて ありがとう
 サポートしてくれて ありがとう
 「わしが 『しちゃる』」 じゃなくて
 「わしが 『して もらっちょる』」 んじゃもんなあ
 ほんに みんな みんな こんな わしに 「良く」してくれた

 明日は 「みんなから貰った物」 への 恩返し の つもり の パーティー

 「すべらん」様に 「みんな楽しんで」帰って貰いたい
 「あ~ 面白かったね・楽しかったね」 と みんなに思って貰いたい
 57名+12名の みんなに感謝
 ほんに ほんに ありがとう

 ついでに 酒を注ぎに来てくれると なお 良いが
 これは 強制連行に近いので 強要なので まあ 期待はせん
 ・・・(ちょびっとだけ期待してるが)

 なににせよ 明日
 午前中まで仕事し 3時頃から 秋芳へ向かう

 ファイヤー じゃあああああああああああああああああああああああああ

 ・・・・・・・・・・ 
 「大きな私事」は まことに 大きかった
 まだ 実感は それほど湧かないが
 「人」を こんなに「ずっとずっと考える・感じる時間」は なかなか無い
 この「大きな私事」に ついては 思惑うごめき 思いも定まらない
 定まる事も無いのかも知れんが
 「ずっとずっと『人』を感じた」
 54時間だった
 妻も一華も 良く頑張った
 過ぎてみれば 54時間は あっと言う間
 54時間だった
 ほんに54時間だったのだよ

 ・・・・・ 一美は すんごい奴だった  

親方の独り言

2009年 12月 13日 (日)

 「繋ぐ家」の上棟 「二人の家」の確認申請・契約
 まだ 題意未定の設計契約 積み残しのリフォーム見積・図面
 日々のリフォーム工事・新築工事・打合せ・見積・図面作成・現場ごそごそ

 どれもこれも 大事な仕事で 暫く息をつく間が なかった
 未だ積み残しのリフォーム見積・図面を3件抱え
 それにしても なんとか かんとか 先が見えて来て
 ずっと 息を止めて潜っていた状態から 海面に やっとこさっとこ抜け出せそうで
 また 今週一週間 息継ぎ無しに 潜ってみる気力が 湧いてきている

 自分に与えられた時間の少なさに 自分自身に手心を加えたくなる状態が続くと
 「わしは 何故『わし』なのか」
 「どういう訳で 今 自分が ここに立っているのか」
 その度 その度 自分自身に問いかける事が多くなる

 自分は 尊敬する自分の父親(←今は尊敬ではなく『神』に近くなっているが)に
 なりたいのでもなく
 川本先生のように 懐の深い人間に なりたいのでもなく
 カッコ良くなりたい スマートになりたい かしこくなりたい のでも なく
 自分は 「自分の求める『親方内田』」に なりたい のだ
 人が 自分を見て やっぱり「しんちゃんじゃ」と思う・感じる
 その「真一」で ありたいものだと 自分で思っている

 わしが 何故「わし」なのか

 それは 自分が 修二・加津子という親から生まれ
 秋穂に育ち 色んな人から 色んな物を与えて貰い
 仕事や日々の生活の中で 「気付き」を貰い
 あんな事や こんな事が あり
 どっから どう見ても
 「内田と言う奴は こういう奴なんじゃ」
 そう見える自分を意識し自覚し
 「わしは こういう奴なんじゃ」と 思うのであるよ

 愛犬「エス」を見ていて 思うのは
 エスは エスであるなあ
 おまえは 自然にエスで有る事を認め
 どっから どう見てもエスであり
 犬という 範疇に 入りながら
 エスという 一個の個性を持った生き物として存在している
 おまえは すんごい奴で ある事だなあ

 人は なまじっか「意識」する生き物で
 あれや これや 理由を付け こじつけ へりくつを陳べ
 自分以外の存在に「意識」させよう と する生き物らしく
 なんとも かんとも 面倒な生き物で

 エスにはなれず

 だからこその「人」では あるのだけれど
 わしは わしで あれれば良いなあ
 わしは わしで あらねばならん

 時間に追われ 余裕が無くなってくると
 この 自問自答が日々続く事になる

 年末に向け
 秋芳ロイヤル・クリスマスパーティー
 年末 内田メモリアル・ゴルフ大会
 と まるまる二日 休んでしまう
 二日「何もしない」為に これから ずっと息を詰めて あがいてみたい

 あがき続けるのも 「わし」 で あり
 あがき続けても 「わし」 で あり続けるのが 「わし」であるのだ

 先日 「海の見える家」の施主のKさんと飲んでいて

 Kさんに
 「自分の頑張り所の源は 名古屋大学院時代の同士達の頑張り なんです」
 と言うと

 Kさん曰く
 「まあ 中には『素晴らしい者』も いるかも知れないけれど
 多くは もまれ・状況に流され 『それしか出来ないから やっている』人じゃないかな」
 と言われ

 言われてみると その通りで 学生時代の「思い」と
 どんどん「ずれ」が 生じながら各々生きている奴等では あるのだろうなあ
 とも 思い

 自分が自分であり続ける事の 難しさを Kさんから 教えて貰った気がする

 自分は 自分で あり続けたい と ここの所 日々強く思っている

 ・・・・・・・・ 来年早々に着工する「二人の家」

 プランや見積は もちろん自分が するのでは あるが
 内部の仕様や構造は もちろん自分がリードするのであるけれど
 打合せを重ね 人柄を お互いに理解し
 「一緒に『二人の家』を造って行く」意識が ある
 家に 「恋」をし
 その 「住む人」に 「恋」をし
 家造りは 「情」の固まりで あるなあ と思う

 

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