株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2008年 06月 30日 (月)

 先々週 機会に恵まれ

 福岡県の工務店社長二名の話を聞くことが出来た

 嘉麻市の高木工務店の高木社長
 宮若市の篠原社長

 表現する言葉は違えど「熱い人達」だった

 ちっちゃな自分の工務店に比べれば
 もちろん多少は大きい工務店だけれど 10人は越えていない

 思い描く 地元工務店としての理想の形
 「地元に根付く 地元で無ければならない理由を持つ工務店」
 自分の思いに近い物が そこにはある

 はああ~ わしゃ何しちょるんじゃろうか
 頑張らんといけんなあ もっともっと 思いを凝らさにゃいけんなあ~
 再認識

 こうやって 社長(経営者)と直に話が出来る事は
 自分にとって 嬉しい嬉しい事で
 人と会う事によって
 変わっていく自分を認識するのは 楽しい経験ではある

 高木社長 篠原社長 有り難う御座いました
 なんだか あれから 自分は 以前よりもっと
 元気になりました

 大会社にならなくても良い なくてはならない存在になるために
 どう努力していくか 二人にあって また 考えさせられた

 基本的に「前向き」な自分だけれど「超前向き」に
 なって行くんじゃなかろうか
 自分自身楽しみです

親方の独り言

2008年 05月 11日 (日)

 先日 先代(父親の代)から世話になった中田孝夫さんが亡くなった

つい 昨年の夏には 秋穂東天田の現場に上棟から完成まで
中田さんは 事ある毎に 又 事が無くても 立ち寄り
「お~ しんちゃん やっちょるのお ええ お城造りよるのお~」
決まり文句のように 励ますように 顔を見せてくれていた

 自分が生を受け この「建築屋」という職業に就き
生まれてきたからには やりたいと願っている事
「お寺又は神社の仕事」「秋穂88ヶ所巡りのいずれかの改装又は改築・復元」

中田さんの後押しの 御陰で「福楽寺屋根改修工事」を請け負わせて貰った

始めるまでは こんな建物の納めを自分が出来る訳がない と 思っていた

始めてからは 何時の時代であれ
その時代に生きていた職人達が精一杯の仕事をしてきただけで
同じ気持ちになれば 出来ないことはないと 教えて貰った工事だった

総代会議の時「内田工務店に この工事は任せるべきだ」と言い張ってくれた中田さんの姿
先代が亡くなってからもずっと取ってきた蛸を持ってきてくれた姿
ゲートボールで こてんぱんに痛めつけられ 得意満面の笑顔

自分もいずれ 中田さんや 先代のいる場所に行くのだけれど
自分に残そうとしてくれていた事 励ましてくれていた事
自分の生 有る限り 誰かに 返して行かなければならないと思う

「筋目のいい大人」が また一人 この世から立ち去ってしまった

残された 中田のおばちゃんの事を 思うと どうしようもない気持ちに させられる
漁に たんぼに 何時も夫唱婦随であった二人にも 別れがくる事に やるせなさを感じる

日々 空間を造る仕事をしている 住む空間を造っている
その過程は 人と会い・語らい 気持ちを行き来させる 連続でもある
人の「思い」を 形にしていく作業は 人と交じり合う作業そのものでもある

「筋目のいい大人」が また一人 この世から立ち去ってしまった

いずれ 自分も行くその場所で 中田さんや 先代や 西冨のオヤジが 談笑している
その場所に 向かって 自分も 進んでいくのであろう

立ち去ってしまった

立ち去ってしまった

親方の独り言

2008年 04月 30日 (水)

 4/19、20 4/26~29
二週に渡る 「完成見学会」長いような短いような

 日々 物造り ばかり やってきて
「広告」「アピール」の たぐいを 独立して7年間してこなかった
今回 見学会を開いた事が 良かった事か悪かった事か 分からないが

今まで やってきた事 これからしていく事
何も変わらないのだけれど
ご近所さんや OB施主の方々に
何時も変わらない「内田工務店の考える家造り」を実際に見て貰えた事は
良かった事では なかったか と 感じている

「トラックで そうそう しちょったり」
「工場で 木を 削っちょったり」
「広場で 塗装しちょたり」
「事務所に 引きこもっちょたり」(←昼寝か図面書きか見積してるのだが)
「事務所に電話しても出りゃあせん 何しちょるんじゃろ」(←現場か施主打合せ)

こいつは 一体何をしている奴なのだ と 近所の人には思われていたに違いない

「修ちゃん(←父親)に 続いて 真ちゃん(←自分) も 元気にやっちょるなあ」
そう思って貰える場を 提供してもらえた事は 本当に良かった

また こんな事が出来たらいいなあ と 思うけれど

ちっちゃな ちっちゃな工務店の親方として
今日も 明日も あっち行ったり こっち行ったり
掃除したり 運んだり 打合せしたり
「物造り」を 続けていく日々が ここにある

今日は これから下関へ 現場の調査・確認
明日は 防府
あさっては 秋穂で 建て方
日々 物造り

いつもながらに 楽しい日々

親方の独り言

2008年 04月 21日 (月)

 土曜・日曜と お施主さんの好意により
 完成見学会を 開かせて貰うことが出来た

 地味に この仕事を続けてきて
 色々な人との出会いがあり 感動があり

 OBのお施主さん
 これから出会いが始まるかも知れない方
 何時も世話になっている協力業者の面々
 一緒に「木の家」を作ってくれる大工衆

 この二日間 色んな人に囲まれて
 色んな人と また 巡り会い

 どこかで「つながっている」事の奇跡に
 感謝したい

 色々な人がいる 色々な生活がある

 自分は 何が出来るのか
 
 人は どんな人であれ
 どこかで人と関係しながらでしか
 生活を成立出来ない生き物のようで
 赤子であれば その存在そのもので
 父母に「糧を」与える事で 社会に交わり
 学生であれば社会に「夢を」与え事で
 社会人であれば「仕事」で 世間と交わり
 主婦であれ 引退後の第二の人生を歩む人であれ
 その「存在」で人と混じり合いながら生きて行く

 自分は この「建築」という技術を持って
 人と「混じり合いたい」と願う人間であり

 不十分な事が多い 欠陥の多い人間であるとは自覚しながら
 でも 巡り会った人々に 嘘をつかない
 人生を歩んで行きたい

 二日間 感謝の連続で あっと言う間に終わってしまった
 嬉しくて涙が出てきそうにもなったが
 まあ 男の子なので そこは 堪えて
 自分なりに 貰った感動を どうにかして
 返していく作業に 又 今日から移って行く

 

 

親方の独り言

2008年 04月 16日 (水)

仕事をしていく中で

生活していく中で

嫌でも 受け入れて行かなければ前に進まない時がある

刻々と変わる建築基準法に納得出来なくても
しっかり受け止めて こなしていかないと
建築自体が出来なくなってしまう

瑕疵保証制度が 来年施工され
一般工務店の対応は 難しいのではないかと危惧される
これにせよ 納得出来なくても受け入れて行かなければ
建築自体が出来なくなってしまう

建てる事は好きだし その過程で巡り会う人との奇跡は
経験すればするほど こんな楽しい職業はないと
思うのだけれど

どうにも 納得出来ない法規制には 気力を殺がれる時もある
自分の力では どうにもならないもどかしさ
他の建築関係者は この もどかしさを どう処理しているのだろうか
「仕方ないもんね」と諦めているんだろうなあ
愚痴をこぼすのは嫌いだけれど
「仕方ないなあ」つぶやきたくなる今日この頃

でも でも 「信じる建物は 曲げんと造っちゃるんじゃから」
言い聞かせながら生きて行く

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