株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2009年 05月 10日 (日)

 本日は日曜日なので 救急の現場もないので
 現場は休み

 何事に追い立てられる訳でもなく まったり仕事が出来る

 昼まで「海の見える家」の確認申請提出準備して
 昼から秋穂のスポーツフェスタに行って リレーの選手して
 夕方から 防府にリフォームの打合せに行って
 夜はフェスタの慰労会(飲み会)

 ここの所 晴天続きで
「ついの住みかに眺める山と暮らす家」の屋根仕舞も月曜には終了出来るし
 上棟の結果 予想しない出来事は起こらなかったし
 というか これで良い形に仕上がって行くなあ~ と安心したし
 朝一で 作業場の徹底掃除も済んだし

 はあ~ ええ天気じゃのお~ まったり まったりじゃ
 
 この三日 現場で ええ汗かいたし
 昨日は 仕事でタップに行けなかったが
 この調子だと 火曜の甦町屋と水曜のタップと
 金曜のよさこい連絡協議会と土曜の天田会にはもれなく出席出来そうで
 順調である
 まったり まったりじゃ

 3月末に 妻と臼杵・久留米方面に旅行して以来
 休みらしき休みは一日もないが
 6月か7月には 少しは時間が取れそうで
 その頃には 妻の体調も落ち着いているであろうので
 又 温泉旅行にでも 行こうかいなあ~

 ええ感じの一日 まったり仕事しようっと

親方の独り言

2009年 05月 06日 (水)

 「ついの住みかに眺める山と暮らす家」の棟上げを数日後に向かえる

 やるべき事は 全て行った
 準備万端
 どっからでも かかって来なさい

 不安は若干あるが 戦闘モードに入るので
 心配は微塵もない
 来る物は来てしまうので やり遂げるだけである

 これから暫くは タップの練習にも行けなくなる
 甦町屋の練習も二の次ぎになってしまう
 それでも 一番好きな事を ガシガシやって行けるので
 嬉しくて仕方なくなっている

 棟上げの後は 又 「娘を嫁がせた父親」状態の侘びしさが数日襲ってくるのも分かっている
 寝ても覚めても「段取り」の事ばかり考えるようになるのも分かっている
 現場掃除しながら「なんでわしがこねえな事を せにゃならんのか」ぶつくさ言うのも分かっている
 材料運搬しながら ボードを荷揚げしながら「わしゃ現場作業員か」つぶやくのも分かっている
 汗をかき あちこちに あざを作り
 それが自分の一番好きな自分の姿であると 自分自身が知っている

 わしらあは 物造りが好きでたまらん人間で
 エコじゃあ 地球環境に優しい家作りじゃあ 人に優しい家造りじゃあ と
 もっともらしく言って見たところで
 形を造っていくのが ただただ好きな人間であるだけで
 ただただ それだけの せせこましい了見の集団なのだ
 好きだから やりよる 苦にならん 楽しい わくわくする
 プラモデルが好きな子供と いっちょ変わらん

 いつのも仲間が この現場に 又 集い
 いつもの仲間が この現場に 自分自分の「思い」を落としていく
 「この家は お父さんが手がけたんだよ」と 一人一人が誇れる家を造っていく
 ずっと ずっと 同じ事を繰り返す
 毎回 毎回 新鮮で
 毎回 毎回 良くなれ 良くなれ もっと 良くなれ と 一人一人が積み上げて行く

 わしゃ この仕事が好きでたまらんのだよ

 巡り合う 施主さん 職人衆 みんなみんな 好きでたまらんのだよ
 そん中で 動く自分が 好きなのだよ

 やっちゃるけえ ええ事にしか ならんけえ

親方の独り言

2009年 04月 29日 (水)

 「ついの住みかに眺める山と暮らす家」のプレカット打合せを 何度か行った

  図板(ずいた)と尺竿(しゃくざお)に依る「手刻み」も
 自分の工務店では 近頃は小規模増築の場合にしか しなくなってしまった

 「手刻み」に こだわり続ける工務店も確かに存在していて
 それは それで無くなっては いけない技術なのだけれど
 「早さ」と「安さ」では もう到底「プレカット」には
 対抗出来ない状態に 随分前からなっている
 ので 先代から引き継いで5年目で プレカットに切り換えた

 当初は 顕し梁を多用する 自分のやり方に
 プレカット工場の担当者と 多々行き違いが有り
 「意識」を共有するのに 時間がかかっていたのだけれど
 なんだか この頃違って来ていて
 なんとも嬉しい事に プレカット屋さんの方から「こんな継ぎ手が出来ますよ」と
 提案があったりしてきている
 打合せ回数も減り 流石プロはプロ 餅は餅屋であるよなあ

 実際の仕上がり現場を それほど見たこと無いのに こと「刻み」に関しては特化していて
 「こうして欲しいなあ」という「思い」を形にしてくれていて
 変な表現かも知れんが 一部技術的には「手刻み」を越えた表現が出来ていると思う
 職人的感覚からは 「越えられてしまった」悔しさも もちろんあったりして
 ちょびっと複雑な思いでは あるのだけれど

 兎にも角にも プレカットは なかなかの代物ではある

 データを打ち込んでいく作業は あくまで「人間」がやるのであって
 「刻み」方法を決定するのも人間で機械に「刻んで頂く」所が「手刻み」とちょっと異なる
 プレカット専用キャドを扱う人の「人柄」が 図面から伺えて
 「ああ この人も腕を上げたなあ~」と思ったりする

 そうこう思いながら 図面打合せを重ね 自分の「思い」「考え」を形にしていって貰う
 何度も何度も繰り返し見るのだけれど
 この「プレカット図のチェック」は緊張し
 「はあ これで本当に ええんかいのお」  不安になり
 二度見ても三度見ても四度見ても その不安は去らず
 臆病なのかも知れんが 何度見てもチェックしても納得出来ず
 仕方が無いので 「これでもう間違いが無い」と言う状態になってから
 一夜明けて 朝一番で 更に見直し ほぼ「諦め」状態で 最終の「Go」を出す

 「基礎のチェック」 と 「プレカットのチェック」 は いつも最後は「諦め」状態

 なんだか 試験勉強を しまくったけど 試験会場に行きたくない気持ちと「対」な 感じ

 かっこ良く言えば これで大丈夫だ と「覚悟を決める」って事なんだろうけど
 わしは 決して かっこ良くは なれん

 「もうこれ以上 考えれんけえ どうにでもしてちょ」って 諦めている感じがする
 お客さんには 失礼な感じだろうけれど
 「わしゃ 絶対に正しいんじゃ」と 思い切れんのだよ トホホなのだよ

 はあ ええんかいのお 間違わんかったかいのお 大丈夫かいのお
 といった 状態で 上棟日を向かえる事となる
 今まで「致命傷」の間違いは したことは無い
 でも 「見える梁」に 間柱欠ぎが 入ってしまっていた事や
 6寸背と思っていたのが5寸だったりしたことは ある

 毎回毎回 調子に乗って 梁の胴差し位置を変えたり 顕し梁を多用したりするものだから
 余計に 危険度が増している
 けれど 調子に乗って 毎回「もっと良くしちゃろう まだ良くしちゃろう」と思ってしまう
 また 今回の棟上げも「死刑宣告」を受けに行く気持ちで入らにゃいけん

 「大丈夫じゃけえ 間違っちゃあおらんけえ ええ事なっちょるけえ」
 棟上げまで 自分を励ます毎日となる

 やっぱ こりゃあ「諦め」じゃろうなあ
 

 

親方の独り言

2009年 04月 19日 (日)

 「ついの住みかに眺める山と暮らす家」の確認申請も もうじき降り
 着工となる

 へたっぴい では あるが
 先代より 跡を引き継いで以降
 新築の場合(たまに増改築・改装の時もだけど)には 必ず模型を作っている

 子供の時から「家」の造られていく過程を見てきたからかも知れないが
 ラフの平面図があれば 実際の建物の構造・姿は 容易に想像出来るし
 納まり上 どこに問題が起きるか分かっているつもりなので
 模型作製は 自分的には必用の無い事では あるのだけど

 修行時代(H工務店会社員時代)一年に一度位の頻度で 気の合う施主さんに会うと作って
 何故かしら非常に喜ばれる姿が心地よく
 「自分が請け負って住宅を建てる時には必ず作ろう」と修業時代には思っていて
 実際 今まで全ての新築工事(時には増改築・改装)には作ってきた

 我ながらに へたっぴいな模型だなあ とは 思っている
 これまた 修業時代(設計事務所時代) 初めて模型を作った「ベネトン山口支店」を
 請負業者の方々から 「まあ 下手な模型だよなあ」と酷評されたのが トラウマとなり
 未だに 自分で模型作製が上手だとは思えない

 それでも そのトラウマに負けず 作っていると
 何故かしら 施主さんは その模型を捨てずに取っておいてくれていて
 それが 建て終わって住み始めてからも ずっと取っておいてくれている姿を見てきて

 どうやら 自分の模型に対する感じ方と 他の人との感じ方は違うようであるなあ と思い

 模型を作るたんびに 親方衆が 「うっちい器用じゃなあ」と 本当の立派な模型を
 見た事が ないからだろうけれども 言ってくれたりして

 そうこう 言う訳で 未だに模型を作り続けている

 今は もう 殆ど見なくなってしまったけど
 自分達の世界には 「図板」という物があって
 柱の○と 壁の線 のみの ○と線(分かり難かろうが線路・路線図にも見える書き物)の図が
 すなわち「家」で あって
 ○と線 で 家は出来る物だと 思っていて
 ○と線 さえ あれば 住む空間が 作られていく と思っていて
 何故 模型が良いのか 実感として湧かないのだけれど

 模型を見ながら 施主さんと打ち合わせしていると 確かに 言葉で説明したり
 パースを描いたり 三次元Cad なんかより 遙かに簡単で 説得力が あったりする

 ので まあ作った方が良いかなあ とは 思うのだが
 繰り返す様だが 横着な様だが 「そんなん わしゃ分かちょるけえ」なのだなあ

 ただ そう言えば 「山口提灯みこし」を設計した時だけは
 図面描いても ほんに よお分からんかった
 どねえなるんかいのお と 三日かけて コセコセ作って
 1/20位のスケールで 実際に 担ぎ棒から 提灯を入れる組子からの継ぎ手なんかを
 カッターナイフで 地道に作って 出来上がって 初めて
 「ああ こねえすりゃあ きっと出来るんじゃろう」
 と思わされたのは事実で 実際に現場が動き始め
 誰もが 初めての経験で どねえすりゃあええんか状態の中
 かなり自身満々に事を進める事が出来た
 今でも 年に一度の「山口提灯祭り みなこいのんた」には
 「提灯みこし」が 担ぎ出され
 ああ あん時は こんな事したなあ と
 眺めるにつけ 懐かしい 「面白い仕事」を させて貰った 

 と言う事は 「経験値」 なんだろうなあ

 まあよい

 もうすぐ現場が動き始める
 自分の机上の作業も終了し
 本来の「現場作業員」の姿に戻る

 はあ やっちゃるんじゃけえ
 「ついの住みかに眺める山と暮らす家」の最終形は心の中にしっかりある
 これから 積み重ねて積み重ねて ひたすらに積み重ねて
 Oさんにしかない一件の「住まい」を造る
 ひたすらに 積み重ねていく

 やっちゃうんじゃなあ~

 ・・・・・その O様邸 なんだか暗い写真で ほんに「へたっぴい」ではある
 その「眺める山」 変哲もないかも知れないけれど その「変哲の無さ」が良い
 その景色に感動し その景色と奥さんと御主人の「思い」が 今 胸に有る
 唯一無二の「住まい」となる由縁は ここにある

親方の独り言

2009年 04月 11日 (土)

 持てる力を振り絞って図面書きに いそしんだ
 「ついの住みかに眺める山と暮らす家」の図面も ほぼ完成

 今回の現場は これから始まるのだが
 もう実は 完成形は自分の中では分かっているのだが
 これまた めちゃくちゃ「良い家」になる

 何故かと言うと
 今回は「自分の住まい」を 考えに考え抜かれた「奥様」の存在があるからなんだなあ

 最初 ラフ図面(←奥さんが書かれた単線の間取り図)を見たときは
 ありゃ これはまた特異なゾーニングじゃなあ と思い
 いつもの如く 家族構成やら趣味やら住む気持ちやら
 なんやらかんやら聞いてみると

 「まこと じゃから こんなゾーニングなんじゃなあ」

 奥様や御主人の気持ちが 少しずつ分かり始め
 「それなら こんな家はどうでしょうか」
 との提案をさせて貰えるようになって行く
 完全に分かったというのは おこがましいか知れんが
 かなり理解出来て来たつもりでは ある

 ちょびっとだけ 建て主よりも「建築する行為」に精通している立場に立つ自分が
 建て主の事を 自分の事の様に 感じられる様になった状態まで自分を持って行けると
 はあ もう これは もう 『良い家』になるのは 決まっちょる

 完成形は ラフ平面を起こした時に 既に「出来上がって」いるので
 後は どうしたら「建て主」や「棟梁」や左官・板金・基礎・塗装・内装・電気・水道etcに
 「理解して貰える図面」を仕上げていくか
 「協力して貰える現場環境」を作り上げていくか
 が わしの仕事だと思っている

 建築士の免許は一応持ってはいるが
 自分は「図面描き」とは思って無くて
 好きな順番から行けば
 「現場作業」→「現場段取り」→「現場掃除」→「現場打合せ」→「タップダンス」→
 「材料運搬」→「作業場整理」→「妻との語らい」→「気の合う仲間との飲み会」→
 「ラフ図面作成」→「施主打合せ」→「建築図面作成」→etc
 と
 恐らく 好きな作業上の10番目以下の作業を
 今 黙々と やっている訳で
 でも 精魂込めて やらんと 現場での楽しいひとときも 過ごせない
 ので
 嫌な順番の上からベストテンに入る「確認申請提出」を月曜日にする予定

 はあ 早よお 現場で汗流したい
 季節は もう 春真っ盛りぜよ

 ・・・・・事務所の椿にブンブン蜂が飛ぶ 誠に かわゆい
 ちっちゃいくせに 抱えきれん花粉を足に付け ブンブン飛びよる
 よお働くなあ ちょびっと癒される