株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2008年 11月 13日 (木)

 H邸の「掘り炬燵」の座卓部分が届いた

 以前 「天文台の或る家」で 手作り掘り囲炉裏寒地仕様バージョン(←自称)をやってみて
 自画自賛ながら 「なるほど良く出来ました」だったので
 Hさんから 「掘り炬燵が欲しい」との要望があった時 すぐに これは既製品ではなくて
 世界に一個しかない「H邸掘り炬燵一生物バージョン(←自称)」を
 するしかないのではないか と 思い
 でも 既製品より安くて 既製品より一生物の価値ある奴にせねば意味無いのよね と 考え
 以前 囲炉裏を探した経験から やっぱりネットで がちゃがちゃやってると

 あった あった ありました
 ヒットの予感がする
 もう これは もう すごいのが出来るに決まっちょうるんじゃから
 ちょびっと興奮し
 どういう納まりになるか 金額はどのくらいか
 また ごちゃごちゃ計算し 考え
 Hさんに 既製品より もっと良いのが出来ると提案した

 幸いOKが出たので
 注文し
 届きました 「無垢一枚もんの花梨座卓」
 Hさんと一緒に開梱し

 すげえぜ これは
 あっと 驚く ためごろう じゃけえ

 その後日 井上大工さんと 花梨の一枚板を眺め
 わしらあ どうにも木が好きなもんじゃから
 すげえなあ すげえなあ よお こねえな木が あったもんじゃなあ
 木が好きなもんじゃから すごい木を見ると
 それだけで わくわくしている 大の大人ふたり
 
 ほんに 何百年生きてきたのか
 その存在感だけで 負けてしまうけど
 まあ どう転んでも 勝ては しないけど
 良い使い方が 出来るよう 頑張って細工するけえ こらえてもらおう

 わくわくするなあ わくわく わくわく わくわく

 わくわく わくわく
 

親方の独り言

2008年 11月 08日 (土)

本日 H様邸の棟上げ完了

何度経験しても 棟上げの時は スイッチが入る

基礎工事の時から 何度も何度も 図面を見直し
本当に これで良いのか
奇跡的に知り合わせて貰った人が一生住むことになる家に自分は責任を持てるのか
ベストを尽くせているか これ以上のプランニングは無いと 言い切れるのか
これ以上の空間構成は無いと 今の自分の力で納得出来るのか

契約から実際に現場が動き 新しい空間を造っていく作業工程の中で
基礎工事から上棟までの この一ヶ月間が自分の中では 一番大事な時ではある
寝ても覚めても ずっと 上棟する家の事ばかりを考えるようになる

骨組みが そのまま空間になる家造りを主眼に置いているせいもあるだろうけれど
美しい躯体は 美しい空間になると思っている

重力に対抗して空間は造られていく
素直に重力に対抗する姿は 必ず美しくなる

自分は技術屋ではあるけれど 技術は自然を凌駕出来ないと信じている所があって
人間の知恵を信じている所も確かにあるけれど
自然の力を借りないと 物造りは出来ないと思っていて
木や 川や 太陽や 月や 水や 風や 土や なんやかや
理解を深めるのは 深めようと努力するのは 技術屋の勤めで
その なんやかやを なるべく無理のない形で組み合わせてもらうだけで
自然の その なんやかやを 支配出来るとは思っていない

木を見て その年輪を見て
済まんなあ せっかく生きちょったのに50年ばっかしで死なせてしもうて
どこで どうやって育って来たんかのお 山は面白かったかのお
済まんけど ここで もう一働き 頑張ってくれんかのお
わしの 我が儘で切ってしもうたけど
無駄な死なせ方は させんように 頑張るけえ堪えてくれんかのお
50年や100年の樹齢の木は少なし自分より年上な訳で
粗末に出来ない 神に祈る気持ちで相対していないと失礼じゃなあと思わされる

ずっと ずっと考え続けて 上棟になる
上棟の時が一番悲しい時でもある
組み上がった空間は もう形を変えることはない
床を張ろうが 壁を張ろうが 空間としての原型は その時既に完成していて
後は その骨に肉付けしていく作業の連続で
もちろん それは それで 大事な事なのだけれど
上棟までは自分の子供のような気がしている家が
上棟が終わったその瞬間から そこに住む人の子供になる感覚を味わう事になる

分かり難い感覚かも知れないけれど
娘を嫁にやる気持ちに似ているのではないかと常々感じている

これから 電気屋 水道屋 左官 内装 板金 屋根屋 塗装屋 建具屋 サッシ屋
いつものメンバーが この地に集い それぞれの思いと熱意を落としていく
思いの一杯詰まった空間が また 一つ生まれる事になる
嬉しい事だけど 寂しい思いを味わう事になる
皆が思いを凝らした空間が 発注してくれた人の手に渡り
手塩にかけて育てた娘が 嫁に行くというのは こんな気持ちと対では ないかと
何時も思ってしまう

H様邸は 必ず もっと もっと良くなる
わしらあの思いを凝らした空間を 皆で造っていく

皆が「良くなれ良くなれ」と念じながら仕事をこなしていく
悪くなる訳ないじゃん

ほんに 物造りは楽しい

親方の独り言

2008年 10月 26日 (日)

 何かと気を取られ 独り言もつぶやかなくなっている

 結婚式に行って来た
父親の代から つきあいさせて貰っている T家の次男坊の結婚式

 はあ~彼も もう30歳に なってしもうたんじゃなあ~

 先代が工務店をしていた関係で やっぱり 色んな家族とつきあいがあり
そのうちの 一家族の子供達の家庭教師をする事になった
「真一 Tさんの所の家庭教師に行って来い。とりあえず給料はいらんと言っといたけえ」
 まあ 確かにTさんは知っている けど 子供達までは知らん
先代は 勝手に他人の段取りや物事を決める癖があった
おまけに 父親としては絶対的な存在で 口答えなど考えられない

 行くことになって これはこれで 結構楽しくて
最初は 長男の方をやってて 次男坊が成長して 中学3年生になった時
今度は その次男坊の方から 「内田さんに来て貰いたい」と要望があり
行ったのは 自分がちょうど大学3年生の時だった
自分の母校と同じ 防府高校を目指していて 頭の切れる子だなあと思った

 無事彼は防府高校に進学し 暫く会うこともなくなった

 自分が大学院を卒業し 社会人になってからは
今度は そのT家の父親と 飲みに行くようになり
同じ柔道をしていた事もあり 何かと楽しく一緒にいさせて貰った
 そうこうするうち 次男坊は高校3年生になり 「また来て貰いたい」
要請が彼から再び来て 又 仕事が終わった後の夜10時~12時まで
週二回程度 半年間T家に通った 久々に味わう 数学・化学・物理も
学生時代と比べると又違った見方が出来る物で 自分自身勉強になる一時だった

 またまた彼は 希望の薬科大学に受かって 学生生活をエンジョイした

 一年に一度は T家の長男・次男と 彼らが学生時代は焼き肉に行き
彼らが 社会人になった今は 一年に一度は 一緒に酒を飲みに行く

 自分自身は成長している つもりは さらさらないが
親しい若い衆が 成長する姿を見ると 自動的に年齢を重ねさせられている気もする
彼らにとっては「兄貴」でありたいと 彼らと初めて会ってから20年以上 思い続けてきて
 「良いあにき」で あるとは 言い難いけれど 彼らの人生を近くで見ることは
なんだか 楽しくなる事ではある
 自分にとっては 工務店という家業も趣味でやってる家庭教師や「よさこい」や「タップダンス」も
人と交わる手段としては同一線上にあるような 気がしている
何もかも縁で 出会いがあり別れがある
工務店で仕事しているのが その中でも一番楽しくて
この家業が中心軸であることには違いないけど
色々やると 又 色んな事が 廻りでおきてくる

 T君の結婚式は わしみたいなもんが出て良かったかどうか分からんが
嫁さんの姿 相変わらずのT君の言動振りが 楽しい一時だった

親方の独り言

2008年 06月 30日 (月)

 先々週 機会に恵まれ

 福岡県の工務店社長二名の話を聞くことが出来た

 嘉麻市の高木工務店の高木社長
 宮若市の篠原社長

 表現する言葉は違えど「熱い人達」だった

 ちっちゃな自分の工務店に比べれば
 もちろん多少は大きい工務店だけれど 10人は越えていない

 思い描く 地元工務店としての理想の形
 「地元に根付く 地元で無ければならない理由を持つ工務店」
 自分の思いに近い物が そこにはある

 はああ~ わしゃ何しちょるんじゃろうか
 頑張らんといけんなあ もっともっと 思いを凝らさにゃいけんなあ~
 再認識

 こうやって 社長(経営者)と直に話が出来る事は
 自分にとって 嬉しい嬉しい事で
 人と会う事によって
 変わっていく自分を認識するのは 楽しい経験ではある

 高木社長 篠原社長 有り難う御座いました
 なんだか あれから 自分は 以前よりもっと
 元気になりました

 大会社にならなくても良い なくてはならない存在になるために
 どう努力していくか 二人にあって また 考えさせられた

 基本的に「前向き」な自分だけれど「超前向き」に
 なって行くんじゃなかろうか
 自分自身楽しみです

親方の独り言

2008年 05月 11日 (日)

 先日 先代(父親の代)から世話になった中田孝夫さんが亡くなった

つい 昨年の夏には 秋穂東天田の現場に上棟から完成まで
中田さんは 事ある毎に 又 事が無くても 立ち寄り
「お~ しんちゃん やっちょるのお ええ お城造りよるのお~」
決まり文句のように 励ますように 顔を見せてくれていた

 自分が生を受け この「建築屋」という職業に就き
生まれてきたからには やりたいと願っている事
「お寺又は神社の仕事」「秋穂88ヶ所巡りのいずれかの改装又は改築・復元」

中田さんの後押しの 御陰で「福楽寺屋根改修工事」を請け負わせて貰った

始めるまでは こんな建物の納めを自分が出来る訳がない と 思っていた

始めてからは 何時の時代であれ
その時代に生きていた職人達が精一杯の仕事をしてきただけで
同じ気持ちになれば 出来ないことはないと 教えて貰った工事だった

総代会議の時「内田工務店に この工事は任せるべきだ」と言い張ってくれた中田さんの姿
先代が亡くなってからもずっと取ってきた蛸を持ってきてくれた姿
ゲートボールで こてんぱんに痛めつけられ 得意満面の笑顔

自分もいずれ 中田さんや 先代のいる場所に行くのだけれど
自分に残そうとしてくれていた事 励ましてくれていた事
自分の生 有る限り 誰かに 返して行かなければならないと思う

「筋目のいい大人」が また一人 この世から立ち去ってしまった

残された 中田のおばちゃんの事を 思うと どうしようもない気持ちに させられる
漁に たんぼに 何時も夫唱婦随であった二人にも 別れがくる事に やるせなさを感じる

日々 空間を造る仕事をしている 住む空間を造っている
その過程は 人と会い・語らい 気持ちを行き来させる 連続でもある
人の「思い」を 形にしていく作業は 人と交じり合う作業そのものでもある

「筋目のいい大人」が また一人 この世から立ち去ってしまった

いずれ 自分も行くその場所で 中田さんや 先代や 西冨のオヤジが 談笑している
その場所に 向かって 自分も 進んでいくのであろう

立ち去ってしまった

立ち去ってしまった

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