株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2009年 03月 15日 (日)

 心地よい小春日 事務仕事を辞めて 外で働きたくなる季節

 もうすぐ 「よさこい」シーズンが やってくる

 先日 4/5(日曜日)開催の 「川棚舞龍祭(In中九大会」のタイムスケジュールが届いた
 今回は 88チームのエントリー なんだか 『いっぱい』である
 もう 何年前に なるんだろう
 この 山口県に「よさこい」が 入り
 建築士会山口支部でも 「よさこい」やってみようやあ となり
 青年部で 「甦町屋社中」を 立ち上げ
 発足した時は 一番「年少」の部類が 自分だったはずが
 一人去り また 一人去り
 気が付くと 建築士会の人間は自分一人となり 最年長者になり
 元気なママさんが 参加してくれ
 中学生で入った者が 今や大学生になり うちのチームのリーダー的存在になり
 もう8年前だったか 9年前だったか 記憶も定かではなくなって来ているが
 初めて「甦町屋社中」として 参加させてもらった 「舞龍祭」の 内容ちゅうか
 意気込みちゅうか なんちゅうたら良いか分からんが
 変わって行くもんじゃなあ~

 心底「よさこい命」と言い切れない自分では あるけれど
 なんかしら 長々長々やってると 色んな経験が積み重なって
 今回のエントリーチーム88組を つらつら眺めていても
 そのチーム そのチームの メンバーの移り変わり 「思い」の変化
 色んなチームへの枝分かれ 新チームの発足
 ずっと続く「なんとか しようやあ」「がんばろうやあ」の思い

 また 「まつり」のシーズンが やってきた
 いつまで この「よさこい」に関わって行くのか分からんけれど
 「人」「思い」「祭り」「交流」「力」「叫び」「大切な物」「感謝」
 色んな物が 詰まった 「よさこい」祭りは その渦中にいて 実際に踊る本人達にしか
 分からない感覚が その「祭りの渦中」には あるのですよ
 「観てる」だけじゃあ なかなか理解し難い 上手かろうが下手であろうが
 その「渦中にある」事に ほんに ほんに 大事な意味が有る と感じている
 辞めたくならん限り 続けて行くんだろうなあ~

 いずれにせよ まつり本番も あと二週間
 うちのチームも なんだか 盛り上がってきた
 現地にて ファイト一発 ファイヤーじゃあああああああああああああ

 ・・・・・・写真は 先日引き渡しさせてもらった Hさんの所にプレゼントする
 「なんちゃってコースター」 玄関床柱・玄関柱の廃材で 暇にあかしてコセコセ造った
 この杉の丸柱で「なんちゃってコースター」は 時々造っているが
 人によっては「パックマンみたい」と言われる なんか 言っている人の時代が分かる

親方の独り言

2009年 03月 08日 (日)

 完成見学会も 終わり 一週間が 経ちなんとし

 I様邸の改装工事で解体作業したり
 見学会場にさせて頂いたH様邸の 最終掃除&ワックスかけしたり
 Hさんに 完成引き渡しをしたり
 OB施主さんに見学会の時 頼まれた仕事を してきたり
 現在進行形の「海の見える家」の見積したり
 どうなるか 分からんが その立地に感動した 「ついの住みかに眺める山と暮らす家(←仮称)」
 の 現場を見たり 打合せしたり
 夜は夜で よさこいの練習行ったり タップの練習行ったり

 あっっ と言う間の一週間を過ごした

 今回の見学会について 思うのは

 世には こんなに「住まい」に関心のある人 「住まい」を建てようと思っている人が
 実際にいるのだ と言う 驚き
 受付は OB施主さんの奥さん 案内は わしと施主Hさん という
 聞いたことがない 見学会の案内内容(←通常の見学会は自分の所の会社で完結すると思う)
 H邸建設に 携わったほぼ全ての職方の見学会参加(←各職方は見学されている人に迷惑に
 ならぬように ずっと外にいたり 入っても すっと通り過ぎていたので 見学されていた人には
 一般の方と区別つかなかったろうと思う 「来い」と要請もしていないのに みんな集ってくれた)
 が あったり

 十分とは そりゃあ 言えんとは 思うけれど
 来て頂いた方 一人一人と 「家」にまつわる話を この四日間 ずっと させて頂いた

 色んな事を学ばせて貰い 「気付き」を与えて貰い みんなから「力」を貰い
 「貰い」っぱなしの 四日間
 一年分の「思い」を 与えて貰ったと感じている

 世には 様々な工務店があり フランチャイズあり ハウスメーカーあり ビルダーあり
 残念ながら 新しく巡り合わせて貰った人の大半は 自分の人生と「混じり合う」事は 無いと思う
 それでも こんなに多種多様の世の中にあって
 現実として わしみたいな しょうもない奴と
 「人生混じってみようやあ」と 言って貰える人が いて
 「一緒に 『いい家』 造りましょう」という言葉に 賛同してくれる人が いる事に
 また 再び 驚いた

 昨日 また 妻に言われた
 「しんちゃん・・・ しんちゃん すぐに間違えるから言っとくけど 職人さんもお客さんも
 しんちゃんが好きだから集まってくれている訳じゃないのよ しんちゃんの『造る家』が
 好きだから みんな来てくれているのよ」

 言い得て妙

 おまえだけは わしを信じて欲しい 「ヘルプ・ミー」じゃけえ

 日々 わしの廻りで 色んな事が起き 色んな「思い」が巡り

 今日は今日とて OB施主さんの所へ 「菜の花祭りの焼き芋用薪」貰いに行ったり
 仕事で参加出来ないが 自分の所属よさこい団体「甦町屋社中」の「野原にて練習会」が あったり

 一人一人が 「灯(ひ)」を 灯してくれている

 色々な事が ある 色々な「思い」が ある 色々な人が いる
 色々な 色々な ほんに ほんに 色々な

 なんと 多くの「色々」が ある事か・・・・

 >>>>>> 写真は 3月28日開催「宮の旦・菜の花祭り」の開催場所
 わしの母親や わしの親世代の人達が 全てボランティアで
 一日やって 自分達の弁当代500円しか出ないイベントを おこし
 しゃかりきに なって 「菜の花」を植え
 自分の所で出来た「サツマイモ」を提供し
 「くす玉」を造り
 案内看板を手書きし
 100円でローソンで買ってきたおにぎりを100円で売り
 金魚すくいの他の「メダカ」は 小川で すくって来たり
 全て 「手造り」
 なんの為にしているのか 村おこし じゃ なんじゃ かや 言うかもしれんが
 「ただ 寝そべって じっと しちょるより ちいと位 『えらい』からっちゅうて
 ただ寝そべって楽しちょるより 早起き したり 暇を見つけたりして
 動いちょる方が 『ええ』と 思うちょるから しちょるそ」
 と 言うような 方針が 伺えて 自分の根拠地ながら わしの親世代の その行動力に
 感服している 「せめても」で 毎年 この「菜の花」の焼き芋の為に 適当な廃材を集める

 「菜の花」は いい風景で あります

 

親方の独り言

2009年 03月 01日 (日)

 「掘り炬燵の或る家」完成見学会も 本日が中日

 正確な所は 人数把握していないので 分からないが
 150名以上の方々と お話させて頂いたと思う

 OBの方々 秋穂の方々 見学会場周辺の方々 全く新規の方々
 色んな人達と 再会し 巡り会い その人その人の
 「家」にまつわる話を聞かせて頂いた

 施主さん御主人自ら案内役をして貰ったり
 OB施主の奥様・古賀棟梁の奥さんに 受け付けして貰ったり
 井上棟梁 古賀棟梁に 包丁・剪定バサミ 研いで貰ったり

 一日中 にぎやかな見学会場で

 一番 自分が恐れていた 「施主Hさんの気分を害する出来事」も起きず
 Hさんに 「疲れたでしょう いつ帰られてもいいですから」と言うと
 「いいや 内田さん すごい楽しいから 一日居ますよ」と 掛けられた言葉や

 OB施主さんの 自分の息子 自分の娘 自分の孫 が
 近い内に家を建てるから 相談に のって下さいね の 言葉や

 下関の同業者(建築屋)の
 「下関でも内田さんの考え方と同じ方法で家を建てようと思うので
 案が出来上がったら見て下さい」 の 言葉や

 近隣の方々の 「こんな家に住みたいわ」 の 言葉や

 思えば 自分の記憶出来る量を越える 様々な 「言葉」を頂いた

 金曜日は 妻と自分で 受付・案内し
 その後 湯田で よさこい県央部の会議(飲み会)に行き とことん「やって」しまい
 床についたのは 2時だったか 目が覚めたのが 5時だったか
 土曜日は 見学会終了後 OB施主さんに研いだ包丁をお届けし 飯を食い
 9時に帰宅し 妻と話し込み 床についたのが 1時だったか 目が覚めたのが 4時だったか

 正直な所 全く疲れは感じてないが 元気溌剌と言う訳でもなく
 「躁」の状態で はっきりした覚醒もなく 現実社会に居るのに
 ふわふわ ふあふあ した状態で なんだか ずっと夢の中に居る感覚に なっている

 腹も減らず 飲んでも あんまし酔っぱらいもせず

 正直な所 早く「現場」に行って 身体を動かしたくてムズムズしている
 I邸の改装工事現場で はつり機を持ちたくてウズウズしている

 ただ こんな貴重な経験も 年に何度も出来る訳でもなく
 今年中に 又 見学会が開けるかどうかも 定かでは ないから
 あと二日 いつも変わらぬ「内田真一」を 見て頂こうと思う

 本日は 応援してくれている義父(妻の父親)や 自分の中学時代の恩師や
 友人が「内田工務店を見たら」と言ってくれた人や OBの方々や 近隣の方々や
 秋穂の方々が また 見学会場に 集まって来てくれる予定

 今日も一日 「いつも変わらぬ しんちゃん」で いたい

親方の独り言

2009年 02月 24日 (火)

 先程 OB施主さん 知人・近隣 協力業者さん への
 完成見学会案内発送

 全部で 201通 多いのか少ないのか判別つきにくいが

 一人一人の名前ラベルを 封筒に地道に張っていると

 一人一人の顔や その背景の生活が 頭をよぎり

 なんと 多くの人と「住まいを造る」事に関して
 「縁」を結ばせて貰っていることか

 その他にも 「よさこい」や「タップ」や「将棋」や「親族」や
 多種様々な人達と 「縁」を結ばせて貰っている

 中学生の頃 時々みていた夢がある
 一人荒野で佇んでいると 声が聞こえてくる
 「しんちゃん」「ないでん(←子供の頃のあだ名)」「うちだ」
 その声は 両親であったり 同級生であったり
 親族であったり 父親の仕事仲間であったり とにかくも 色んな人達で
 みんな笑顔で 自分の名前を呼んでいる
 暗い何も無い荒野に自分一人で立っていて
 人の呼んでくれる声が 高まるにつれ その空間が「光」に包まれていく
 なんだか 嬉しくて 嬉しくて 一生懸命空に向かって手を振る
 なんだか 幸せで 幸せで たまらない気持ちになっていく

 目が覚めると 一人で布団の中で 泣きじゃくっていた

 だんだん 年を重ねるにつれ そんな夢も見なくなり
 わしゃ どれだけ 擦れてきとるんだろう

 自分の 生きていく道しるべ に なっているのは

 あの「光に満ちた空間」を現実社会で再現することなのだなあ

 「光抱く人達と一緒に生きていく」その光景が 自分の原風景なのだなあ

 って そんな 大した事も 出来てないけど でも そうなんだから仕方ないじゃん

 ほんに これから 「どれだけの縁」を 結んでいくんだろう

 生きる って なんなんだろう

 ・・・・・・写真は 先日 妻の友人の結婚式に便乗して
 倉敷と小豆島に行った時の物
 建築屋のサガで 「美観地区」の町並みはもちろん ざっと眺めるんだけど
 建物の特殊なディテールばかりに目が行ってしまう
 見たこと無い納め方の窓廻りだったので ぱしゃり
 小豆島は意外と寒かった あんまし寒いので「猿団子」が 出来ていた
 ちょびっと笑えた

親方の独り言

2009年 02月 18日 (水)

 広告用写真撮りの為 真之介とH様邸へ

 真之介とも 知り合ってから5年は経ってしまっている

 思えば 「アートフル イン オッヅ」 の イベントを通した人付き合いから
 始まっている

 彼は 最初知り合った時は まだ 山口県立大学の学生だった

 「お~ 同じ しんちゃんじゃ ないか」
 ホーム焼き肉パーティーで 話したのは もう どれくらい前であったか

 「宮野ストリート」を立ち上げてるんですよ って 言ってたなあ

 その後 どうだったか サンデー山口に行ったのか
 そう言えば 山口国民文化祭にも 絡んでいたよなあ

 3年前 広告を初めて打つ という行為をしようとした時

 そう言えば 真之介は こういう事 得意ではなかったか 思い当たり

 電話し この ホームページも 真之介に コーディネートして貰っている

 全く 人の世は 縁であるよなあ

 外観や人当たりは どう見ても 「真之介」という ワイルドな感じでは無い彼だが

 若いのに やるこたあ やるなあ

 わしゃ まだ あんたの年齢の時は やることやれる人間じゃなかったぞ

 今でも やること やれる人間じゃないような気もちょびっとするぞ

 そう 思わせる 若者である

 自分とは 人種が違うのだが やっちょるなあ~ と 感心している

 そんな 真之介が 今回も 作ってくれた

 もうちょびっとで 広告完成

 ありがたい事である

 ・・・・・今回の写真は 推定樹齢150年の天然無垢の座卓

 井上棟梁と この木はまだ先の部分だから 根との方になったら200年かもしれん

 暇にまかせて 年輪を数えた結果 年齢判別

 座卓を 掘りコタツに チェインジした力作である

 われながら 良く考えました えっへん である

 Hさんと一緒にこの木も暮らす事になる

 はあ それはもう はあ 無垢の木はええんじゃから

 見て さわって 眺めんと この良さは 分からん ほんに ええ木なんじゃけえ