親方の独り言 | 株式会社 内田工務店

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親方の独り言

2012年 03月 16日 (金)

 昨日は またしても 現場廻り
 
 3時に起きて
 事務処理して 広告の下原稿作って
 囲む家に行って段取りして 小京都のリフォーム現場行って打ち合わせして
 吉敷下東のリフォーム現場行って打ち合わせして ハイジの家の完了届け出して
 ようやく昼の3時に「ハイジの家」の現場入りして
 棚付けたり シーリング工事したり タッチアップしたり 洗面台取り付けたり
 掃除の最終チェックした後 ワックス掛け ゴミ積み込み
 帰ったら夜の11時だった
 一昨日の様な 戦争まっただ中から 少し和らぎ
 まあ この程度なら良しとしなければなるまい
 年度末の この状態は 「囲む家」「ハイジの家」「重ねる家」を 連続着工した時点で
 覚悟は していたので 出口も見え来て
 あ~ 生きちょったなあ~ てな所で
 
 修行時代の会社員の頃は わしは何時も爆弾を抱えている様な物で
 「はあ なんで わしだけ特別 こんだけの仕事を抱えさせられるんじゃろ」
 「わしゃあ これだけ頑張っちょる 文句を言う奴は 追い込んじゃる」
 「おりゃ おりゃ かかってこんかい 闘っちゃるけえ」
 基本 わしは 学生時代 柔道部で
 一応なんちゃって主将で 一応軽量級 県大会3位で
 山防地区ではずっと頭を張っていたので
 小山(決して大山ではない、子供の砂遊びの山程度)の大将気分を ずっと引きずってて
 プロレス好きで 佐山聡を こよなく愛している様な輩なので
 体力・気力にまかせて おりゃ おりゃ おりゃ と 仕事をして行くので
 確かに 会社では あんまし小言も言われなかったが
 傍目からすると 「はれ物」を触る様に扱わなければ いけない注意人物だったと思う
 修行時代のH工務店勤務の時期
 社長室に「はあ こねえな会社やめちゃる」と 殴り込みをかけたのが4度
 その都度 「まあまあ よしよし」と社長に なだめられ
 殴り込み後の2~3日は 仕事量を減らして貰えるが
 瞬く間に 元の木阿弥に なり
 なので 一ヶ月400時間労働が 基本で
 当然 残業手当やボーナス割増など無く
 「はあ 文句言うてくる奴は 追い込んじゃる」 ギラギラし
 この 油ギッシュな感じの わしに 関係者は知ってるので 何も言わず
 時々 初対面で わしの事を知らずに 勘に障る事を言った奴が
 わしの「追い込み被害」に 会う事に なってた
 随分 大着な奴で わしじゃったら こんな奴とは 付き合いたくない
 逆に 「追い込み」を かけたくなる
 
 とあれ 35才を期に 独立を決め
 5度目の「辞めます」は
 厳かに「辞めさせて下さい」「したい事が あります」
 「どうか どうか 辞めさせて下さい 今まで お世話になりました」
 にて 無事退社し
 いざ 独立すると
 世の中 そんな物じゃ 無く
 「自分でした事は自分の責任 他人の失敗も自分の責任」
 これが 仕事をする時のルールだと判明し
 何が起ころうと「自分が した事」で
 こんな 当たり前の事が 独立するまで 分からんかった
 
 ので 少々忙しくても 「これは わしの している事」と納得している
 
 ・・・・・・・・・・前置きが 長くなった
 一昨日 人の乗ってないブランコに
 昨日 主役が乗ってくれた
 君の為に この家を造ったんだよ
 君の為に お父さん・お母さんは 多大な借金(住宅ローン)を抱える覚悟を決めたんだよ
 君の為に おっさんは こねえな家に 住んでくれえ って考えたんだよ
 お父さん・お母さん・じいちゃん・ばあちゃん・親類縁者一同
 み~んな み~んな 君の笑顔を見たいと 願っちょるんだよ
 ここが 君の「ふるさと」で ここで繰り広げられるドラマが君そのもので
 おっさんは その舞台を造る場に 居合わせて貰って
 今 もんの凄い幸せなのだよ
 
 ほらね 主人公が居合わせる写真は 「気持ち」が入る
 建物は 「人」が入って 初めて「建物」になる