株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2010年 11月 14日 (日)

先代が他界して もう16年 経過した

 今日は 17回忌で お坊さんが来る
 物心ついた頃から 家業は工務店で
 先代が 工務店をしていた頃は 丁度 高度成長期の ただ中で
 わし自身も 特徴が若干有る と思っているが
 先代は わしよりは かなり破天荒な生き方を していて
 農業高校卒業後 体育大学進学を 両親に反対され
 ふてくされながら 家業の農業をし
 その頃は トラクターも やっと発売された頃で
 わしの記憶の中にも「牛舎」が あり
 田を すく のにも 牛を使っていた位で
 二丁という耕作地を 世話するには 「男手」が必用で
 先代の兄は山口大学に進学し 弟は広島大学に進学する 家庭環境の中
 次男坊に農業を継がせるのは 親としては 当然の選択だったろうが
 当の先代に してみれば 「なんで わしだけが」の思いもあった事だろうと思う
 実際に 先代が 「わしは したい事が出来んかった」と 自分に何度か漏らしており
 悔しかっただろうなあ と 子供心に可哀想になった
 御陰で わしは今まで「したい事」は 自分自身の努力さえあれば
 なんでも出来る環境に置いて貰った事は 今でも感謝している
 先代が20半ば位に 急速に農業にも「機械化の波」が押し寄せ
 人手を必用とされなくなり 先代の父親に 婿養子に出される事となる
 わしの母親の元に 婿に出され 姓が「町田」となり
 25で わしが生まれ 28で わしの弟が生まれ
 じっと しとりゃあ良い物を
 婿先の「花製造・鯉の養殖」を じっと やっちょきゃあ 良い物を
 あろうことか 女を追っかけて家出し 捨てられ
 行くところが無くなって 実家の秋穂に帰った
 母親に してみれば え~迷惑で あったろうに
 母は わしと弟が いたばっかりに 片親にしたくなかったらしく
 そんな先代の後を追いかけ
 「町田」の家を出て「内田」に姓を替えた
 母の両親にしてみれば もっともっと え~迷惑で あったに違いない
 子供のいない 母の両親は 母が小学生の時に
 母を養女として 親戚から貰い受けていたのだから
 さておき 先代は 実家に 出戻り
 あろう事か 3人もコブ(母、わし、弟)が付き
 10帖一間の 実家に 居候を わしらあ家族は する事となった
 先代の兄家族 じっちゃん・ばあちゃん わしらあ家族 と ひしめき
 子供心に 日々 みいんな喧嘩していた記憶がある
 先代は 手に職も無く もちろん母は箱入り娘だったので特技もなく
 わしの両親は 近所の新光建設に建設作業員として共働き
 わしと弟は 出戻り一家なので あんまし相手にもされないので
 弟と二人で 何時も外で野原を駆け回っていた 勉強した記憶は一切無い
 建設作業員を数年続けた先代は 「このままでは 一生うだつがあがらない」と思ったらしく
 突然 工務店を始める と 決意し
 「わしは なんでも出来る」と嘘を付き
 親友の家を 請け負わして貰う事となる
 「墨付け」も出来ないので 親類の棟梁の所に 一ヶ月無給で働き
 「墨付け」を教えて貰い かけずり廻り協力業者を探し出し
 友人の家を完成させた
 先代が よく言ってたが
 「後にも先にも 『墨付け』を 一度も間違わずに上棟出来たのは あの一軒だけだった」
 と言う位 先代にとっては 人生の一大転機だった
 ・・・・・・・・・・なんだか 話が長くなってきたので 又 この「先代記」は 後日
 いずれにせよ なんとも変わった人間で
 わしに とっては 目標であり 友達であったのが 先代で
 遊びに遊園地や旅行には 生涯一度も 連れて行って貰えなかったので
 父親とは 思い難い人間だったけれど
 今にして思えば 先代は「父親であろうとしている」つもりは あったのだろうなあ
 社会人になってから 二人でゴルフしたり 飲みに行ったり していたので
 ちょっと年の離れた友人感覚で
 修業先の設計事務所から 内田工務店に帰る間際に 亡くなった時は
 「あ~ 一番大切な友達が一人 おらん様になってしもおたのお」と思い
 遺体を抱きかかえ 100m位歩いた時は 「この重さは一生忘れん」と思い
 柔道でわしが県大会個人3位になった時に 練習時間に突然現れ
 「勝負せえ」と言い 2度やって 二度とも投げられた時は
 「こいつは 本当に日体大に行けたのかも知れん」と思い
 飲み屋で 女装パブに 女装パブと教えてくれず一緒に入店し
 きれいな ねえちゃん(←実は男)を わしに くどかせ
 店を出るなり 「真一おまえ 男を口説いて面白かったか」と にやついた時は
 「はあ こいつは 絶対に父親じゃあない」と思い
  ・・・・・ あ~ 長くなる 長くなる やっぱり 後日
 もう16年 経ってしまった
 ああいう人間が「身近に居た」事が 自分の生き方の大半を支配している
 良い事か 悪い事か 分からないが
 わしは 半分は 先代を真似ている と 自覚している
 今 わしの廻りを固めてくれている職人衆を見ると
 どうやら 先代の廻りを固めていた職人衆と 同じ匂いを持ち
 似ているのだろうなあ と思う
 16年の月日は 先代の遺体の重さを 忘れさせ
 どう考えても理不尽な仕打ちを 忘れさせ
 良い思い出しか残さないのに 充分な月日である