株式会社 内田工務店

スタッフブログ

親方の独り言

2009年 10月 11日 (日)

 見学会終了後 6日間の遅れを取り戻すのに 今までかかり
 なんとか かんとか 日常と自分が思える状態まで戻って来た
 未だに 「やらねばならぬ」事は 抱え続けているが
 抱えていられる事に 感謝している

 日々日々 燃え続けていると
 なんでも当たり前に思ってしまう様で
 横着になって行く自分自身が見える様で
 「まっかっか に 燃えて」生活していると 気が付かない事が
 ちょっとした日常で あ~気が付かんかったなあ 面白いもんだなあ~
 後になったり その時に 気付いたりする

 先日 悪玉キューピー(←愛妻のパパリン)と 二人で飲んでいて
 親子の年ほど離れている二人でも
 旧来の親友の様に 話している事実に気付き驚いた
 何故にか 悪玉キューピーは 初めて会ったその日から どうにも他人の様な気がせず
 話せば 話す程 居心地が良く
 生まれ育ち や 考え方 や 癖 や 性格 が 分かって来るにつれ
 この人は 物心ついた頃から このカタチの原型が出来ていて
 あんな事や こんな事が その原型のカタチを 大きくさせて行ってるんだなあ
 理解し
 分かっちょらんかも知れんが 分かった気になり
 益々 居心地が良くなる

 ・・・・・なんか 悪玉キューピーを誉めている文章になりつつあるので弁解しておくが
 あくまで 「男として」 まあ ええ奴じゃないか と 思う訳で
 キューピーの 息子になりたい とか 妻になりたい とか 言うのでは ない
 立場上 義理の息子に なって しまって いるが
 まあ ええ同士でわ ないか と 感じている

 人は 性根は 変わらん物で
 両親や社会や環境で 何時か分からん 幼少の時に
 その人 その人 の 性根 が 出来ていて
 年を重ねると言うのは その原型に 薄皮を重ねていく作業で あるのだなあ
 
 これが 先週の発見

 先々週 取引先の(株)直方建材の 御招待宿泊に 行って来て
 清流庵 なる 旅館に泊まり
 なかなかに 良い 納まりを 随所に見せる旅館で
 設計者と職人に敬意を表したくなる建物に出会った
 そうは言っても この業界に長らく居るので
 「あ~ やってしもうちょるなあ」
 「もう一歩じゃったなあ」
 「もうちょっと頑張れたのにの~」
 の箇所は 至る所にあるし 目に付くのだけれど
 何にせよ 「よ~やっちょる」のには 変わりはない
 木が好きな連中が 「寄って集った跡」が 随所に見え
 感心至極
 ええ 納まりを 発見させてもらった
 以前 東京の「世田谷美術館」を見に行って
 あまりの 素晴らしさに 涙が止まらなかった時から
 ナンバー2の 素晴らしさだった
 ・・・・・世田谷美術館を見た時 脳裏には モーツアルトが響き
 その建物の 言いたい事が 分かる様な気がして
 足が震え 気が付くと 泣きながら建物を 俳諧していた
  
 これが 先々週の発見

 見学会終了後
 親友のぶりん と 妻 と わし で
 プチ慰労会を 防府潮騒市場二階 レストラン「エピ」 で 開催
 一年前に 初めて訪れた時から 時は経ち 「エピ」の奥さんは出産し
 主人が料理を作り 奥さんが配膳する 赤ちゃんは厨房の奥で待機
 料理は 非常に「良い仕事」をしていて
 親友のぶりんは 魚関係の仕事をしているので 魚にはうるさいのだが
 のぶりん も 絶賛し
 わしも気持ちの顕れる料理に感心し
 妻は 奥さんのファンになり
 この「エピ」の家族に 幸せが舞い降りる事を 切に願う
 商売なので 「エピ」も どうなるのか分からないのだけれども
 こういう環境で育つ子供は 必ず「良い子」に なる気がした
 一つ一つ それぞれの環境で 人は原型を作って行く物であるのだなあ
 今週末には 包丁研ぎに勤しんでくれた棟梁衆と
 「奥様会」を エピにて 開催
 井上・吉松・古賀 と 個人的に「飲み会・飲食会」を開いていると
 かなり各々の奥様方から冷たい視線を浴びていたので
 見学会終了後は 間が空いても
 棟梁衆&その奥様を交えた「奥様会」を 開く事にしたので
 もう 3回目か 4回目の 奥様会

 日々 人と会い 人と混じり合い
 わし自身も その中で 薄皮を一枚一枚重ねて行っているんだろうなあ

 ようやく「大切な娘」の嫁入りの後遺症から立ち直り
 今月末から 「新しい娘」の てんばをやく
 「繋ぐ家」の現場が始まる

 ・・・・・・清流庵の「もみじの間」の一部
 檜皮を残しての細工 こいつらホンに 楽しんで仕事しちょる
 ちょびっと うらやましい建物である